第3話

強い光の中に置かれたと思った直後、辺りの様相は一変した。

目を開けていたわけじゃないから何が起きたのかは分からないけれど、閉じた瞼の裏がふっと闇を感じていた。

恐る恐る目を開ける。

最初に視界がとらえたのは予想通りの闇。

周りが暗いのか、自分の目がおかしくなったのか分からず、私は目をこすったり瞬きしたりした。

そんな私の目の前を、光る何かが通り過ぎた。

薄い緑色を帯びた仄かな光。

どうやら私の目が悪くなったわけでは無いようだと気づいてほっとした。

気持ちが落ち着いたせいか、少しずつ周りが見えて来る。

よく見ると、光るものはあちこちにあった。

その光に浮き上がって、葉のようなもの、木のようなものの影が見える。

耳をすませば遠くに川のせせらぎのような音がする。

匂いを嗅げば緑の香り。

だんだん自分が森のような場所にいるのだろうという予測がついてきた。

黒く眠る木々の影に切り取られた夜空には、細く輝く三日月ときらめく星々。

そして横たわるミルキーウェイ。

「え?」

天の川、だと思ったそれは、よく見るとどことなく見慣れたそれとは違っていた。

天の川は銀河の中心。

つまりは星の集合体だ。

でも、目の前の天の川のようなものは星々の並びがなんとなく規則性を保っている。

そのうえ、僅かに動いたような気すらした。

音がするとすれば、「ズズ、」とでもいいそうな感じで。

自分が元居た世界と、同じようでいてどこかが違う。

そんな世界の森の中。

ここはそういうところなのだろうかという予測が立った。

そうだとして、何の不都合があるだろうか。

自分は生き直すと決めたのだから。

恐いという気持ちは不思議となかった。

何故か懐かしいとすら感じ、心が浮き立つような感覚もする。

幾久しく忘れていた、好奇心が首をもたげる。

他に何か手掛かりがないかとあたりを見回していると、何かが視界の隅を掠めていることに気づいた。

白い靄のようなそれは、そちらを見ようとすると、なぜか隠れるように見えなくなってしまう。

けれど、またしばらくすると視界の隅に入ってくる。

それを数回繰り返した。

明らかにこちらに興味を持っているのに、近寄ってこない。

警戒心の強い猫みたいだと思った。

私は近くの木に背中をつけて座り、目を閉じた。

しばらくすると、膝の上に何かが乗ったような感触があった。

本当に猫のようだと思いながら目を開けると、そこにはさっきから視界の隅を掠めていたものが乗っていた。


それは白く仄かに発光する靄のようなもので、私の膝の上でくつろいでいた。

猫なら撫でるところだけれど、果たして撫でても良いものかと思う。

「あなたは誰?何か私に用?」

極力静かにそう言ってみると、その靄が小さく鳴いたように思えた。

どんな鳥の声にもたとえられない、楽器のような美しい声。

「触れてもいい?」

試しにそう聞いてみると、同じ声が返ってきた。

そうなると、どちらも肯定ということかなと思う。

少なくとも逃げようとする気配はないから。

私はそっとその靄に触れてみた。

毛の感触はしないけれど、とても軽くて柔らかい綿に触れるような感触があった。

猫を撫でるのと同じ要領で手を動かすと、触れたところがキラキラと輝いた。

「きれい」

思わず口にすると、何やら喜んでいるような気配が伝わる。

「あなたは何者なのかしらねぇ」

「龍、だよ。龍の子供、みたいなもの」

誰にするでもなかった問いかけに思いがけず答えが返ってきて、私は驚いた。

声と同時にふわりと懐かしい香りがして、背後の木から緑色の果実が一つ、落ちてきた。

思わず受け止めると、その果実の輪郭が私の手の中でゆらぎ、小さな男の子の姿になった。

「こんばんは、人間さん」

そう言って、彼は大きな黄色の目で私を見つめた。


「この子はね、大人になれない龍の子供」

そう言って、彼はひらりと私の膝に降りた。

「龍の、子供?」

「そう。でも、あなたの力を借りれば、大人になれるかもしれない」

急にそう言われ、私は驚いた。

「ちょっと待って坊や。私はついさっきここに来たばかりで何も分からないの」

自分のことも、世界のことも何も分からない。

当然、龍のことも、彼のことも。

「坊やじゃないよ。ボクはその木の妖精。あなたよりずっと年上だよ」

彼がそう言うと、背後の木が仄かに発光してまたあの香りがした。

その香りには覚えがある。

人間界に居るとき、好きだった香りの一つ。

「ベルガモット」

「そう、」

口をついて出た言葉に、彼の顔がぱっと輝いた。

「人間界ではそういうね。やっぱりそういう人間さんが来てくれたんだ」

彼、ベルガモットは私の手の指に触れ、そっと額を付けた。

喜んでもらえているのは分かる。

それは、人間界に居るとき身につけた知識の一つ。

アロマの知識。

それも私は上手く生かすことが出来なくて、結局持ち腐れてしまっていたもの。

それが役に立ったことに、私は少なからず喜びを感じた。

「ね。人間さん。ボクは彼を助けたいんだ。もうずっと彼みたいな龍を見て来たよ。生まれては大人に成れずに消えていく。そんな龍をたくさん」

「消えてしまう?」

「うん」

ベルガモットはそう言って、黄色い瞳を涙で濡らした。

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