あとがき

 いかがでしたか、百目特製の新作怪談は。楽しんでいただければ幸いです。



 ところでこの作品には、実は最近起きたある悲惨なことが関わっておりまして、そのことを思うと、私は今も気が沈んでしまいます。私の学生時代からの友人が、深夜部屋に潜んでいた殺人鬼にナイフで刺殺されるという、痛ましい事件が起きたのです。


 彼は学生時代から私と共に作家を目指して日々執筆にいそしんできた気のいい男で、そんな彼の命を奪った犯人に対し、私は身の震えるような怒りを隠せません。しかも、彼と同じく作家志望だった彼の恋人の女性も、その前に殺されていたと分かり、犯人の執念、その異常性がますます疑われます。警察は怨恨の線で捜査しているようですが、一日も早く犯人があがることを切に願っています。


 警察によると、彼はワープロを打っているときに後ろからナイフで滅多刺しにされ、書いていた文章が途中で終わっていたそうです。

 それが彼の残した最後の原稿になってしまいました。文章を仕上げる前にそれを永久に取り上げられるなんて、作家志望者に対し、あまりにもむごい仕打ちではありませんか。





 ところで、このことに関連して、最近、また妙なことがありました。

 この作品の原稿を出版社にメールで送ったところ、折り返しで編集部から予期せぬ異様な返事が来たのです。本来はそれがいかに面白かろうが、向こうの恥になるようなことは内緒にしておくのが紳士の態度でしょうが、私は柄も意地も悪いので、ここにさらしておきます。



「……百目先生の新作原稿『新人賞の選評』ですが、そのことについて、編集部でちょっとした議論になりました。


 率直に申しまして、今回の作品はわたくしどもの理解を超えております。作家志望者の女性が、送られてきた新人賞の選評を読むと、それが全く書いた覚えのない違う作品の選評で、しかもその作品の内容というのが、殺人鬼に自分が殺されるというもので、読み終えた直後に、いきなり自分がその内容どおりに殺される……というアイディアはいいのですが、問題はその次です。

 彼女の恋人が出てきて、彼も同じ作家志望で、同じように身に覚えのない作品の選評を読まされてから、同じように殺される、という……。


 いえ、そういうオチだと言いたいのは分かりますが、最後がワープロの打ちかけで終わっていて、つまりは『打っている最中に後ろから刺されたんですよ』という意味なんだと思います(ちがっていたらすみません)。

 だとすると、それがあまりに読者に伝わりにくく、いっけん、ただの印刷ミスのような事故に見えてしまっています」




 これを読み、私があまりのことにしばし、あ然となったことは、まあ当然ですよね。読者の皆さんは、すでにこの作品をお読みになってよくご存知のように、これはまず題名が「新人賞の選評」などではないし、内容も周知のごとく、幽霊屋敷の調査におもむいた男女のグループの体験する恐怖を描いたものですから、小説だの選評だのは全く出てきません。だいいち、これは人間の殺人鬼が襲ってくる話ではなく、襲うのは屋敷に棲みついている悪霊です。


 どうも編集部の誰かが、他人の原稿と私のを間違えたようですが、それにしては、作者名と題名は同じ原稿の中で一致しているはずなのに、どうして間違えることが出来たのでしょう?

 もしかしたら誰かの悪意ある陰謀でしょうか。そのへんを突き止めないと、この先この出版社と付き合うのが、とても不安です。


 もういい加減、自分の健康のためにもやめたいのですが、このメールには、ある意味一番面白い部分がありますので、そこだけ引用しておきます。

 最後のところです。



「……ただの尻切れに見えてしまっています。

 そして、ラストの部分です。メタフィクションとしての効果を狙ってのことだと思いますが、これも正直いって成功しているとは思えません。

 場面がいきなり別の部屋になり、この小説を読んでいる読者が、いきなり後ろから殺人鬼に刺殺されて終わり、というオチは、悪意は感じられますが、展開があまりに唐突すぎて、恐怖からは程遠いくすぐり、もっと言えば、笑えない冗談の域に堕しています。

 これでは率直に申しまして、とても雑誌に載せられるレベルではありません。改変の必要性が大です。

 日にちはありますから、もう一度推敲なさったうえで、再度のメールをお願いします。返信、お待ちしております」



 いかがでしたでしょうか。

 私はゲテモノ書きを自負しており、自分を一流の作家だとは全く思っていませんが、いくら私でも、こんなしょうもない楽屋オチなどは使いません。

 というより、周知のように、この作品に殺人鬼など出てこないし、ましてこれを読んでおられる読者のあなたが殺される、などというバカげたシュールなお笑いのようなラストではないわけですから、これを読んでいる皆さんは、まったくご安心くださって結構です。

 この作品の結末で、駆けつけた霊能者によって霊が屋敷から祓われ、調査員の太郎と美奈子の二人が、のちに結ばれるべく生き残ったように、皆さんにも必ずハッピーな未来が約束されているはずですから。





 編集部の失態は愚かで迷惑ですが、実に良い暇つぶしになるあとがきを皆さんに提供できたことは、多少は有意義であったかと思われます。少しでも不快に思われた方は、どうかそのように解釈なさって、このアホな事態を笑い飛ばしていただければ、とても作者冥利に尽きます。






 ただ、それでも気になる方もおられるでしょうから、これをお読みになっている読者の皆様は、ためしに今うしろを振り返ってみて、背後に誰かが潜んでいないかを、確認してはいかがでしょうか。


 案外、いつの間にか部屋に殺人鬼が入り込んでいて、これを読んだ直後、あなたを後ろからナイフで滅多切りにするかもしれませんよ。(「亡霊の棲む館」終)

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亡霊の棲む館 闇之一夜 @yaminokaz

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