第2話 幹也

 ○○新人小説大賞のサイトからメールが来た。ずっとライトノベルの賞に送ってきたので、今回のような文学系雑誌への応募は初めてで、変に緊張する。


 そして今、俺はあることでとんでもなく落ち込んでいる。恋人の良子が、一週間前に殺されたばかりなのだ。犯人は分かっていない。部屋に侵入して潜んでいて、背後からナイフで襲って滅多切りにしたというが、侵入の形跡がないらしい。

 密室殺人の類は小説で何度も読んだが、まさかそれの関係者に自分がなるとは夢にも思わなかった。電話しても出ないのでおかしいと思っていたら、ニュースに彼女の顔が出ていた。俺も関係者だからいちおう疑われたが、そのときはショックでまともに話すこともできなかった。


 なぜ良子が殺されなきゃならないんだ。絶対に犯人を挙げてもらいたい。でなきゃ彼女が報われない。大学のオタク系サークルで知り合い、一緒に作家になろうと、共に励ましあってきた仲だった。そのうちにお互いに恋に落ちた。

 神は、いったいなんてことをしてくれるんだ。このことを小説に書けとでも言うのか。そんな運命を人に押し付けるなんて、そんなのは神じゃない、悪魔だ。


 俺は彼女が死んでから今日まで何をする気も起きず、ろくに飯も食わずに、ただ部屋でぼうっとしている。そんな折、出版社からメールが届いた。


 この○○新人小説大賞では、一次選考通過者全員に丁寧な選評が送られてくる。つまり俺は二次落ちだったわけだ。良子も今回応募したが、二次で落ちたと言っていたから、そろそろ同じように選評が来ているはずだ。


 ずっと小説のことは忘れていたが、今はメールのチェックぐらいはできるほどには回復している。

 ところが、その内容がかなり異様だった。ここにちょっと、それをコピペしておく。



「作品の題名『新人賞の選評』

 評価 C

 選評 新人作家志望の男性を主人公にするパターンはあまりないので評価できる。が、作品を書いている描写が延々と続くだけの内容は全体に冗長で、それを補うための描写力も弱い。

 しかし問題はラストだ。同じく作家志望者の恋人がいきなり殺人鬼に殺され、そのすぐあとに、男性も部屋で執筆中に後ろからナイフで同じように刺されて死ぬ、というのは、あまりに唐突すぎて説得力が薄い。もう少し全体のバランス、展開の必然性を考慮することが必要である」



 読んで俺の目が点になったのも無理はなかった。そこで選評されていたのは、俺が出版社のサイトにメール投稿した作品とは、まるで違うものだったからだ。


 俺が送ったのは、こんな純文学をオチだけホラーにしたようなアバンギャルドなもんじゃなく、大学のバレー部を舞台にした分かりやすいスポ根青春ものだし、それに主役もバレー部員で、こんなまるで自分をモデルにしたような作家志望者じゃない。そもそも、「新人賞の選評」なんていうぶっきらぼうな題名じゃない。


 おかげでダメージを受けてふさいでいた心が、ノミでこじるように無理やりひらかれて、いっとき人間的感情が戻ってしまった。

 なんだこりゃ。

 向こうが作品を間違えたのか?


 しかし、メールに添付して送ったんだから、作者名と作品名は一致しているはずだ。誰かの嫌がらせだろうか。



 それだけでも不可解だったが、さらに不快な要素があった。

 選評での「作家志望者の恋人がいきなり殺人鬼に殺され、そのすぐあとに男性も部屋で執筆中に後ろからナイフで同じように刺されて死ぬ」という部分は、偶然にしてはあまりにも今の俺の状況と似すぎている。今の俺は、まさに恋人を殺され、そのあと部屋でパソコンに向かい、このブログ記事を書いている最中だからだ。



 まさかそんなことはあるまいと思ったが、不意に背後の廊下から物音がして、思わず振り返った。鍵はかけたし、このアパートの一室には俺のほかに誰もいないはずだ。


 いや待て。この状態は、良子のときとまるで同じじゃないのか。今さら背筋がぞっとした。

 いや、そんなバカなことがあるはずもない。きっと最近のストレスのせいで、気になっているだけだ。気が弱いときは、こんなしょうもないことでも重大事に思えてくる。くだらないことだ。


 確かに良子は密室で殺され、そのあと、彼女が殺されたことと、その次に今度は俺の身に同じことが起こると書いたメールがたった今来て、それで後ろで物音が――。

 はっとした。


 もしや、良子も同じ内容のメールをもらったんじゃなかろうか。書いた覚えもない小説、「新人賞の選評」みたいな題の選評が来て、そこには彼女の日常を描いたストーリーと自分が殺されるラストのことが書かれ、それを読んだあとで、彼女は――。


 まさか。そんなバカな。ありえない。

 相手が殺される内容の偽の選評をわざわざ作って送り、そのあとで本当にそいつを殺す。誰がそんな、わけのわからないことをするだろうか。


 いったい、良子は最後に何かを読んだのか。それを知りたい。

 そうだ、それさえわか

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