最終章 この青き空の下で(1946年~)

第1話

 そして8月15日、正午に流された昭和天皇の『玉音放送』により戦争終結が宣言され、大日本帝国のポツダム宣言受諾による無条件降伏により戦争は終わった。


 それから1ヶ月程経ったある日、一人の少年が朝霧家を訪れた。

 越智市郎おちいちろうは、復員したその足で自宅に向かうよりも先にこの家に向かっていた。

 ボロボロの姿で薄汚れてはいても、それでも『軍人だった』名残を捨て去ることなく、応対に出た志乃に敬礼してみせる。


 そして和人の戦死と彼が部隊でどのような存在であったのかを語った。


「主人は……立派でしたか?」

「はい!中隊長として……勇敢に戦って……最後の最後まで……」


 それ以上言葉にならなかった。

 俯いて涙を流す市郎に、志乃は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます……それで充分ですわ……」


 震える手で差し出される手紙を受け取り、志乃は穏やかに微笑んで再び頭を下げた。



 市郎が朝霧家を辞すのを見送ると、志乃は一人で和人と行った高台へと歩いて行った。それは和人がパイロットになる道を選んだ時に、志乃が和人を励ました思い出の場所。



“和人は言ってたよね……風になってみたいって……それって空を飛べば判るんじゃない?”



 海軍兵学校に入学するか迷っていた和人を、志乃は市街が見渡せる高台に連れて来て、その背中を押したのだ。

 風がセーラー服のスカーフとスカートの裾を僅かに揺らし、志乃は笑う。



“行ってらっしゃいな! あの蒼穹の世界に……そしてあたしに教えてよ! 風の果てを!”



 あの時の決意じみた表情を浮かべた和人を見た時から、志乃は本当の意味で彼を愛していた。空に憧れ空を駆けることを夢見る若者を心の底から愛しいと思ったのだ。


――あなたは本当の風になったのね……?


 もうこの世に和人はいない。彼女が最も愛した存在が消えてしまった……

 あの日汽車から大声で叫んだ和人の声が志乃の胸に去来し、志乃は呆然とその場に座り込んだ。


「和人……あなた……」


 そして和人の手紙を広げ……ただ泣いた。

 今迄抑え込んでいた気持ちを噴出させるように声を上げて泣いた。

 言葉など発する事もなく、泣くことで、空にいるであろう和人に届けとばかりに志乃は泣いた。

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