第4話

「ブラボー、チャーリー、デルタ小隊! 奴に構わず俺に続け!アルファ、エコー、フォックストロット小隊は引き続き奴を追え!」


 慌てて部隊を再編成し、彼は目標を手強い『青い悪魔』から突入態勢に入っている特別攻撃隊に変えた。


――冗談じゃない!

  最後の最後で『悪魔ジョーカー』を引き当てるなんて

  俺は聞いてないぞ!


 戦争は自分達の勝ちなのだから、今更リスクを負う必要ない。

 そう考えたティベッツは『青い悪魔ブルー・デーモン』との勝負を諦め前方を飛ぶ『一式陸攻ベティー』に向かって進んでいく。


黄色い猿ジャップ共が『桜花バカ』をぶっ放す前に、『一式陸攻ベティー』を撃ち落とせ!」


『桜花』は米軍から『BAKA-BOMBバカ爆弾』と呼ばれている。

『バカ』とはその名の通り『馬鹿』であり、体当たりをするためだけの有人兵器の概念が彼等には理解できず『愚かな』行為だと彼等からは受け止められている。

 それ故日本語の『バカ』と名付けられている。

 それでも、そんな狂気な兵器が艦船に命中すれば、被害は著しいものとなる。

 事実、沖縄戦で『桜花バカ』が命中した駆逐艦は、船体が真っ二つに折れて轟沈している。艦艇の中でも小型な駆逐艦といえども、その中には数百人の人員が乗り組んでいるのだ。


「させるかよっ!」


 俊敏に動き回る『青い悪魔ブルー・デーモン』と違い、鈍重な『一式陸攻ベティー』は良い的だ。

 おまけに『桜花バカ』をぶら下げているので動きも直線的で、将来位置の予測もし易い。


一式陸攻ベティー』も彼の接近に気付き、盛んに対空銃撃を行っているが、その技量は笑ってしまう程に低い。

 そのまま機銃の発射レバーを引くと、両翼から再び機銃の火箭が『一式陸攻ベティー』の翼や胴体を蜂の巣に変えていき、直後に盛大な炎を噴き上げて落下していく。


 その様子を見て、ティベッツはコックピット内で一人哄笑した。

 また旭日の撃墜キルマークを増やす事に成功した。故郷アイダホへ帰還すれば、彼は英雄として大いに称えられるだろう。そうすれば選挙に出て市長……いや州知事や議員になるのだって夢じゃない。

 彼は再び反転して、更にもう1機に狙いを定めて引き金を引いた。


□■□■□■


 さらにまた1機、エンジンとプロペラを吹き飛ばされて墜落していく。

 その様子を和人は視野の片隅に置きながら周囲を見回した。


――彼等は上手くやれただろうか……?


 後続した10機の『零戦』は、和人の指示のまま2機一組で突入した。

 お互いでお互いを庇い合う戦法で戦場を一気に駆け抜け離脱する。そして反転、さらにそれを繰り返し弾薬が尽きたら帰還する……そして和人は単機で敵編隊の中に飛び込み、編隊を崩させる。

 その作戦は、見事に成功した。


 しかし、やはり無傷という訳にはいかなかった。初期型の『零戦』では速度が伸びず、追撃してきたF6Fに銃撃され火を噴いて墜落していく。

 また別の空域では深追いしすぎたため、殺到してきた敵機の集中砲火を浴びズタズタにされた『零戦』もいる。

 そして和人自身もその身に銃弾を浴びていた。

 操縦席に飛び込んで来た銃弾が跳ね、和人の額を掠めさらに跳ね返り、脇腹に命中していた。


――もう良い! 貴様達は還れ……還ってくれ!


 また1機、被弾した『零戦』が火を噴きながら墜落していく。


「こちら朝霧一番! 全機離脱せよ!」


 和人は無線機に向かって叫んだ。

 今の日本の技術では戦闘機搭載用の小型無線機の性能は悪く、この通信が僚機に伝わっているのかは判らない。それでも和人は叫び翼を振って僚機に合図した。



 そして終焉の時が来た……



 発射転把トリガーを引きF6Fの尾翼を吹き飛ばした刹那、それまで聞こえていたリズミカルな発射音がしなくなった。

 銃口は沈黙し『03-103号機』の放つエンジン音だけが響いている。それは海軍航空隊パイロット朝霧和人としての戦いが終わりを告げた瞬間だった。


――還る……俺も……志乃の所へ……


 絞弁転把スロットル・レバーから離した左手を目の前に翳すと、そこにはべっとりと血に塗れた手袋が現れた。

 特攻隊員となった時『もう二度と戻らない』そう決意した筈だった。志乃やメイ、慶子や春子にも別れを告げてきた。


――俺は生きる……いや、生きていたい!


 それでも尚、心の奥底に潜むのは狂おしいまでの生への思いだった。

 僚機がどうなったのかは、もう和人には判らない。

 脇腹の痛み、額から流れ出る真っ赤な血を和人の世界を徐々に赤く染めていく。

 

――志乃……君の所へ……俺は……


 自分達の戦いは終わったのだと直感的に理解した。圧倒的な数の敵を前にして、怯む事なく全力で戦ったのだ。出血は止まらず、薄れてしまいそうになる意識の中で今和人は志乃の事だけを考えていた。


 が……そんな真っ赤な世界に飛び込んできたのは、敵機が『一式陸攻』を銃撃する姿だった。


 艦隊からの対空砲火を浴び、敵戦闘機の攻撃を受け炎に包まれる『一式陸攻』は、それでも前に進み続ける。『桜花』を撃ち放たんと進んでいく。

 しかし、それ阻止しようと向かっていくF6Fの姿が和人には見えた。


――やらせない……やらせるものか!


 それは和人の最後の攻撃だった。もはや弾丸は尽き、愛機は満身創痍だ。

 誰の為でもなく、自分の意志で和人は絞弁転把スロットル・レバーを最大出力にする。

 悩みも痛みも苦しみも全てを受け止めながら和人は敵の戦闘機に向かって突っ込んで行く。

 さながら一陣の風のように……


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 風と化した『03-103号機』が唸りを上げて突進する。

 和人が見つめるのは、『10』と数字が書かれ、無数の旭日旗キルマークを付けたF6Fの姿だ。

 額から流れ落ちる血は、目の中に流れ込み、彼の視界を赤く染め上げる。

 そして和人の突進に気が付いたF6Fのパイロット……ティベッツ大尉……の驚愕した顔が飛び込んで来た。




「Noーーーーーーーー!!」

――志乃っ……!!




 それは刹那の事だった。

 ティベッツ大尉は、末期の瞳ではっきりと見た。自分に向かって押し寄せてくる強烈な『闘志』を……そして猛烈な爆炎と衝撃に意識が途切れた。




 米海軍第1戦闘飛行隊『F6F-5ヘルキャット(コールサイン:ホワイト10)』と大日本帝国海軍第731海軍航空隊『零式艦上戦闘機52型乙『03-103号機』は空中衝突し、それぞれの航空燃料が爆発、白い星と日の丸のついた翼が破片となってヒラヒラと空中を舞い、大海原の中へと吸い込まれていく。


 だが、その光景を目にした者はもう此処には誰もいない。

 特攻隊の姿はもう無く、生き残った和人の部下達は、出撃した基地に向かって必死に還り着こうとしている。


 米空母USS『ヨークタウン』は、特攻機の被弾は無かったが至近に落着した『桜花』の衝撃で、艦体が大きく揺さぶられた。その結果、飛行甲板上に係留していた艦載機が数機衝撃で吹き飛ばされ海へ落下し、衝撃で兵員が薙ぎ倒され多数の負傷者が発生するなど艦内は被害状況確認で大騒ぎになっていた。


 幾ばくかの時間が過ぎ、敵襲の混乱から立ち直った米艦隊は、本州沖へと再び進撃を始めその姿は水平線上から消え果てていく。


 海は再び静寂に包まれた。


 多くの男達が空を舞い、翼と共に散らせて行ったその命を、群青の海はただあるがままに受け止めていた。

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