第2話

「良いのよ……私ね、自分の夢に正面から向きになっている人が好きなの……応援したくなるの!」


 言い放った瞬間、ハッとなり一気に頬が赤くなる。

 間接的に告白しているようなものだと今になって気付くが、口から出したものはもう引っ込める事はできない。


「あ、いや、今のは、そう意味じゃなくて……一般的な事と言うか……その……」


 茉莉まつりの長い髪が左右にせわしなく揺れ、左右の人差し指がツンツンとお互いの指先を突いている。


「ありがとう、茉莉まつりちゃん」


 そう言って立ち止まり、街灯の下で笑顔を浮かべる翔に茉莉まつりは再び心を奪われてしまう。


――何だろう……笑った顔は普段の何倍も綺麗……


 素直にそう思った。他愛のない事を話しながら夜の公園前の通りを二人で歩き、帰宅してからは、もう彼女の心の中は翔の事で一杯になっていた。


――今度会ったら、何を話そう?


 いつも勝気な行動を取るお転婆娘という印象が強いが、どちらかと言えば茉莉まつり内気シャイな方だ。

 だから面と向かって話そうとしても、頭が真っ白になって何を話して良いのか判らなくなる。いつもそうだった。


 自分から話しかける場合は、声が聞き取れないほど小さくなってしまう。こんなんじゃいけないと思うのだが、恥ずかしさだけが先行して言葉にならない。

 今、東京から遠く離れたこの場所に居ても、心は翔の姿を求めている。いつになったら面と向かって話せるのか?

 それは彼女自身にも知る術はない。


「翔君は今、何してるんだろう……?」


 傍らに置いてあるスマートフォンに手を伸ばし、ついついチェックしてしまうようになったのも、彼とアドレスを交換してからだし、今も同じ気分だった。

 気分に駆られスマホを手にした瞬間、茉莉まつりはふと我に帰って、軽く頭をコツンと叩いた。


「だめだめ。今はアルバムを探すのが先だから……」


 床に置いたアルバムを閉じ、机上の棚に戻す。ひょっとしたらこの右か左にアルバムがあるのかもしれない。

 そう思った彼女は、左のアルバムを手にとって、ページを繰った。


「……あれ、わたし?」


 先ほどの曾祖母よりもさらに若い女性の姿がそこにあった。モノクロ写真でよく判らないが、自分自身と見間違えるようだ。


「……結婚式の写真ってないのかな?」


 アルバムのページを一心不乱に繰るが、昔の写真にありがちな、一家揃っての家族写真などは何処にもなかった。

 あるのは、曾祖母と赤子の親子写真ばかりで、曾祖父との写真は見あたらない。やはり、結婚生活の短さのせいなのだろうか?


――曾お祖母ちゃん……可哀想……


 自分だったら、結婚式の写真は絶対欲しい。自分の新たな人生を始める大切な儀式だもの。そして、その横には……!

 持ち前の想像力の高さが災いして、茉莉まつりの白い顔が瞬時に紅潮していく。


――もう、何考えてんのよ!


 瞬時に過ぎった想像を振り払うように頭を振った茉莉まつりは、アルバムを再び眺めて写真を選んだ。


「これなら使えるかも……」


 ようやく一枚の写真を選んだ茉莉まつりは、アルバムを持って立ち上がった。この写真を祖母に見せよう。そう思ったその時、アルバムから一通の封筒がポトリと落ちた。


「えっと……?」


 こんな物何処どこにあったのだろうか?

 さっき見たとき、こんな封筒はなかった筈……いったい何処に挟まっていたのだろうかと訝りながら、改めてアルバムを調べてみると、装丁の裏表紙に同じ材質の紙で糊付けられていた跡を見つけた。


 それは、このアルバムの持ち主だけの秘密。


 茉莉まつりは封筒を手にとって眺めた。

 そこには、「朝霧志乃様」とだけ書かれていた。


「えっ……これってラブレター?」


 茉莉まつりの胸が一気に高鳴った。自分が貰った訳でもないのに、妙にドキドキする。


 何よりも昭和初期に生きていた人達も、今と同じように、手紙で自分の想いを綴っていたのかという事が改めて実感できた。

 何か他人の手紙を読むのは、マナー違反のような気がしないわけでもなかったが、差出人も受取人も故人であることや罪悪感よりも好奇心の方が上回った。


――少しだけ……


 茉莉まつりは後ろめたさを感じながら、封筒を開いた。息を整え中の手紙に目を通す。


 その直後、茉莉まつりの目が大きく見開かれた。


「そんな……!?」


 何度も何度も読み返してみる。連綿と綴られた曾祖父和人の言葉の一つ一つが、茉莉まつりの心を大きく揺さぶる。

 これがラブレターだとしたら、何と悲しい手紙だろう!?

 そう思い至った矢先、彼女の目の前に、見たこともない光景が広がりだした。


「えっ……何これ?」


 戸惑う茉莉まつりは盛んに目を擦ったが、彼女の前には多くの男達が現れて消えることはなかった。



“イッテキマス!!”



 再び声が響いた瞬間、周りから万歳三唱の声が響き渡る。


「いったい……何なの?」


 目の前に広がる光景を、茉莉まつりは、ただ黙って見るより他になかった。



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