第二章 想うと言う気持ち……傍に居たいという気持ち(2018年夏)

第1話

 このような体験を現実にしたせいだろうか?

 再び星名せなの言葉を思い出した茉莉まつりは、翌日訪れた部屋の中で、額縁に入った曾祖父の写真を見つけたのだ。


 曾祖父の名は『朝霧和人あさぎりかずと』大日本帝国海軍中佐……享年24歳。

 太平洋戦争終戦間近の昭和20年6月、海軍の鹿屋基地を飛び立って二度と戻って来ることはなかった。戦死と認定され、その英霊を称えるため二階級特進している。


 いわゆる『神風特別攻撃隊』……通称『特攻隊』である。沖縄は既にアメリカ軍中心の連合国軍に占領され、本土への攻撃も苛烈さを極める中、和人は特攻隊員として飛び立ち、そして死んでいったのだと聞いている。


 祖母に頼まれ、曾祖母の若かりし頃の写真を探し始めた茉莉まつりは、積み上がっていた本の中に、1冊のアルバムがあったことに気がついた。


「えっ、これ曾お祖母ちゃん……? 若いなぁ……」


 床にアルバムを広げ、斜め座りをしながら、茉莉まつりはページを繰った。多分、昭和30年代後半から50年代まで。写真が途中からカラーになって、当時の流行も判る。その世界にいる曾祖母は、茉莉まつりが知っている祖母と同じで、いつも笑顔だった。


「曾お祖母ちゃん、ずっと一人でお祖母ちゃんを育ててきたんだ……曾お祖父ちゃん亡くなってから……」


 祖母の話に拠れば、曾祖母が結婚したのは、今の茉莉まつりと同じ歳だったという。海軍の軍人となった曾祖父は、曾祖母と結婚してすぐ出征し、満足な夫婦生活も送られぬまま還らぬ人となったのだという。


 茉莉まつりは自分自身に訊ねる。

 もし、今の自分が誰かと結婚し、子を宿したとして、その子を一人で育てていくことが出来るのかと……

 答えは当然Noだった。

 愛する人を失い、一人で生きていくことなど考えたくもない!



 そう思った時、茉莉まつりの脳裏に一人の男子の姿が過ぎった。

 それは同級生の男子生徒。

 いつも空を見上げてばかりで、何となくボーッとしているように見えてしまい、正直何を考えているのか全く判らない男の子。


 思えば一目惚れだった。


 印象的なのは髪色だった。色合いこそ若干異なるとは言え、黒髪の多い日本人の中でひと際目立つ青銀の髪色をした者など見たことが無い。

 茉莉まつりにとって、生まれながらに持ったこの赤い髪はコンプレックスの象徴だった。

 興味と関心そして阻害の対象となり、それが彼女の心をずっと閉じ込めていた。揶揄からかわれるのが嫌で一度は髪を短く切った事もあった。ウィッグを付けて目立たなくしようとした事もあった。


 そんな彼女にとって、様々なファッションで溢れている東京は『寛容な場所』と言う憧れもあった。


 そして、編入した学校で彼と出会った……青い銀髪を持つ彼に興味を持ち、隣同士になった勢いのままに話し掛けてしまった。


 そんな茉莉まつりを彼は、とても優しかった。

 初めて会ったばかりだったのに……勝手が判らず戸惑ってばかりだった自分に、そっと差し延べてくれた温かい心を垣間見た瞬間、茉莉まつりは魅了された。


――『夕月翔ゆうづきしょう』……くん……


 その名を口に出してしまうと、どうしようもなく切なくなる。

 二年生になり、同じクラスだと知った時は胸が高鳴った。そして彼のあの空を切り取ったような青い髪を目にした時は本当に心臓が止まってしまうのではないかと思えるほどだった。


 あれから4ヶ月……自分と翔の距離は少しずつ狭まって来ているのは事実だ。

 彼が図書委員に決まった時も胸の鼓動は高鳴り、心は踊ったのは今でも覚えている。放課後の誰もいない図書室で、二人で一緒に本の整理をしている時、一緒に並んで帰っている時の心強さと安心感は、他の生徒にはなかったものだった。それでいて、何とも心が温かくなる存在。


――あなたが好き……


 茉莉まつりがその気持ちを自覚するようになってからは、本を読んでいても内容が残らない程、気付けば彼の事ばかり考えていた。

 そんな彼女に訪れたのは偶然という名の幸運だった。


 この家族旅行に出る2日前……親友の白雲美咲しらくもみさきに誘われ、ペルセウス流星群を見に行った夜の事は、茉莉まつりにとっては本当に幸せな時間だった。

 今、彼女の心中に数日前の出来事が甦ってくる。


「そっか……今晩だったのか?」


 翔がしまったとばかりに夜空を見上げ名残惜しそうな眼差しを向けている。


「バイト帰りなんだけど……忘れてた……まだ流れてくれないかな?」


 自転車を押し歩く彼にそれとなく寄り添い歩きながら、茉莉まつりは訊ねた。


「何かお願いしたい事あるの?」

「ああ、もっと世の中が平和で優しくなれますようにって……」


 翔の夢は『英雄ヒーロー』になることだと茉莉まつりは知っている。

 理不尽な暴力や不当な差別を排し、誰もが笑って暮らせるような世界を目指す……他人ひとが聞けば『バカバカしい』『TVの見過ぎだ』と嘲笑あざわらってしまうだろう。


――それでも彼にはその力がある!


 茉莉まつりには、確信めいた思いが滾々こんこんと湧き出してくる。


――私には何もできない……でも彼の夢を信じ、背中を押す事なら私にも……!


 この時、彼女はどうしても自身の感情を抑える事ができなかった。大きく息を吸い呼吸を整えて、茉莉まつりは翔に思いの丈を伝える決意をした。


「成れるわ。翔君なら……」


 街灯の下、そう応えた時の彼の驚いたような表情は忘れない。

 翔が日課として1日20kmのランニングをしている事を彼女は知っている。陸上競技の選手でも目指していない限りそんな事を日課とする人はそうは多くはない筈だ。


 茉莉まつりは思う。思うからこそ言葉に乗せる。


「あなたはもう行動してる。行動に移している人は強い……そうでしょ?」

「ありがとう……茉莉まつりちゃんには、いつも力を分けて貰ってるね!」


 笑顔で応えてくれる翔が愛しい。

 この心の高ぶりのままに抱き付いてしまいたいと言う衝動が湧き起こるが、それだけは必死で抑え付けた。

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