第4話

 事態が動いたのはその日の放課後で。

 千夏は部活があるため、HRが終わると準備を始めた。


「――気をつけて帰ってね」


「うん。千夏も部活頑張ってね」


 私たちは手を振って別れた。


「さて……寄り道せずに今日は帰ろうかな」


 そう思い教室を出た時、葛城に声を掛けられた。


「ねぇ、皇さん。少し……いい?」


 そこに取り巻きはいなかった。


「取り巻きと一緒じゃないんだ」


「ああ……なんか、邪魔だなと思って」


 予想外の言葉に、何て反応すればいいか分からない。


「少し……十分だけでいいから、話す時間をくれない?」


「私と話……ね。まあ、いいよ」


 今までの葛城とは考えられない言動に驚いてしまう。暴力を振るわれることはあっても、話をすることはほぼなかったから。


 葛城は階段を昇っていく。

 上の階に行くのか。


 校舎裏とかに連れていかれると思っていた私は、拍子抜けしてしまう。


 それにしても、やはり様子がおかしい。何とも言えないこの気持ちの悪い違和感をどうにかしたい。


 というか、どこまで上がるつもりなんだ……? このまま行けば屋上に――


 と思っていたら、本当に屋上に来た。


 本来ならば、屋上は立ち入り禁止になっている。青春アニメなどで見る、屋上でご飯を食べたり告白をしたりなんてものは出来ない。あれは所詮、することに憧れた者たちによって作られた夢物語だ。


 そこに連れてこられた。

 これを意味することはつまり――


「屋上の鍵……職員室からくすねてきた。きっとバレない」


 ガチャガチャと鍵を回し、取り付けられていた鎖も外す。ぎぃぃぃと歪な音を立てて開かれたその扉の先に、葛城は入る。


「ほら、皇さんも来て」


 手招きされ、私は仕様なくその場所に足を踏み入れた。


「あはっ。これで共犯だね」


「そう……だね」


 先程から情緒不安定すぎないか……?


「さてさて。早速で悪いんだけど、ここに連れてきた理由、話していい?」


「私と話をするために連れてきたんでしょ。ダメって私が言うと思う?」


「そうだね。皇さんはそういう人だった」


 クスリと笑う葛城のことを、私はジト目で見る。何か……バカにされた気がする。そんな私の視線を無視して、葛城は言う。


「単刀直入に言うけど、もう皇さんに意地悪するのはやめるよ」


「えっ……」


 突然の告白に理解が追いつかない。

 私にいじわるするのを辞める……?

 それはつまり、もういじめをしないことを意味する。一体どうして……?


「次のターゲットが見付かったからさ」


 ああ、心を改めた訳ではなく、別の誰かが私がされたことをされるということか。


「――私にそれを報告する意味は?」


「え、だって突然いじめなくなったら、不安に思うでしょ?」


「思うわけないでしょ。何言ってるの」


「あれ、そうなの? おかしいなぁ」


 ぽりぽりと頭を搔く葛城に、私は苛立ちを覚える。


「本当の理由は?」


「――うん?」


「私にそれを報告した本当の理由。あるんでしょ?」


「本当の理由?」


 葛城は考える素振りを見せる。それは理由を考えているのではなく、その理由を話すリスクについて考えているのだと思う。


 そしてその口は開く。


「――気に入らないと思っちゃったんだ」


「何が……」


「皇紫苑は私の玩具なのに、それを邪魔するあいつのことが」


「それってどういう――」


「次の標的は高澤千夏。あいつに決めた」


「…………は?」


 意味が分からなかった。何を言われたのか理解したくなくて、頭が葛城の言葉をインプットしようとしない。聞こえなかったことにしようとした。


 けれど、葛城はもう一度その言葉を口にした。


「次のターゲットは高澤千夏だよ」


「いったいどうして……」


「うん?」


「千夏と友達だったんじゃないの……?」


「友達……それは少し違うかな」


 葛城は私の言葉を否定した。どういう事なのか訊ねようとした。


 けれど、その前に葛城がその意味を説明するために口を開いた。


「私の後ろにいつもいる五人がどう思ってるのかは知らないけど、私はただ、皇さんをいじめるために千夏のことを利用していただけ」


「利用……」


「私も最初は普通の友達として、振舞おうと思った。けれど、無理だって気付いたの」


「どうして……」


「だって彼女、皇さん以外と話す時、タニシを見るような目で見ているんだもの。そんな相手と、普通に接したくても出来ないよね」


「そんなことないと思うけど……」


「そんなことあるんだよ。まあ、そんなわけで、今日をもって皇さんを解放するよ。言いたかったのはそれだけ。丁度十分かな。それじゃあ、私はこれで――」


 踵を返そうとする葛城の腕を、私は無理やり掴む。


「へぇ? 皇さんから触ってくれるなんて、珍しくて驚いちゃうよ」


「話はまだ終わってない。言いたいことだけ言って逃げるな」


「逃げたつもりは無いけど……話って?私はもういいんだけど」


「千夏が虐められる。それを私が容認すると思ってるの……?」


「…………」


「千夏に何かしたら許さないって言ったよね?」


「そんなこと言われても、もう確定だしね」


「それを取り消すことくらい出来るでしょ?今まで通り私じゃダメなの……?」


「ダメって言うか……もうクラス全員に伝えちゃったし」


「……は?」


 先程から、衝撃的な言葉しかもらっていない。クラス全員に伝えた。次のターゲットは千夏。それをクラスメイトは受け入れたというのか……?


「所詮人間なんて、自分が一番可愛いんだよ。千夏をいじめることを容認しなかったら、次のターゲットはお前だって言って脅したら、全員許可出してくれたよ」


 クスリと笑う葛城に、私の背筋は凍る。


「本気で言っているの……?」


「こんなこと、冗談で言うはずないでしょ」


 それから葛城は不気味な笑みを貼り付けたまま、これから起こそうとしているそれを想像して、声を立てて笑った。


「ふふっ。今までクラスで一番の人気者だった彼女が、突然地獄に落とされた時、どんな反応をするのか楽しみで仕様がないよ」


 ふふふっ、と笑う葛城が悪魔に見える。

 けれど、クラス全員がそれを容認したとしても、私がそれを許すことは出来ない。


「――今日、私を解放したということは、千夏へのいじめは明日からしようとしている、ということだよね?」


「そうだね」


「誰もいじめないという選択肢はないの……?」


 私の言葉に、葛城は薄く頬を引いて首を横に振った。


「知ってる? 人間って思っている以上に強欲で、そして臆病な生き物なんだよ。自分たちとは違うタイプの人間は排除しないと」


「排除……どうしてもしないといけない……?」


「何が言いたいの? って聞きたいところだけど、分かるよ。高澤千夏をいじめる。それをやめて欲しいんだよね?」


 私はゆっくり頷く。


 自分がいじめられる。それは嫌だ。だけど、大切な友達がいじめられる方がもっと嫌だ。千夏は私の唯一の……友達だから。


「――じゃあ、三日間の猶予をあげる。その間に、私がこれから言うことをしてくれたら、高澤千夏をいじめるのをやめるよ」


「それは……?」


「それは皇さんが――」

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