ホームレス少女がいなくなった四日目
ある平日の朝、僕はいつもの通り道に何か足りないような気がした。まあ、空いても一人の大学生であり、人間であるから何か予定があるのかもしれないと思った。しかし、僕の中には漠然とした不安があった。
駅まで自転車を走らせていると、道中で彼女の手を引く、古着に身を包んだ老婆が目に入った。
「だから、私はあなたとかかわる気はないって、言ってるでしょ!」
僕は一目散にその前まで自転車を走らせる。近づく自転車の音におののいたのか、老婆はこちらの姿を見るや否や小走りで逃げて行った。
「……はぁはぁ。君、ありがとう。ちょっと怖かった」
「え、さっきのお婆さん? 全然知らない人。でも、多分あっちもホームレスだと思う。雰囲気が似てたから」
「……君はこれからどこか行くの?」
初めてであった時とは異なった、緊張に包まれた声音を聞いて、僕は決めた。
「え、どこにも行かないの? もしかして、私に会いに来てくれたの?」
その声にからかいの気持ちなど、一切含まれていなかった。
「……じゃあさ、昨日みたいに、さ。家に行ってもいい?」
「……ありがと」
僕は彼女のボストンバッグを無理やり自転車のかごに詰め込んで、家まで歩き出した。
「本当にありがとね」
「……うん、助けてもらったことはもちろんそうなんだけど、君、遊びの予定あったんじゃないの?」
「……一人で遊びに行くところだったからいい、って? それはそれで申し訳ないよ。私は君に、迷惑をかけたくないんだから」
彼女の声は暗いままで、僕の中には上手い励ましの言葉も思いつかなかった。
「……君は気負わなくていいって言いたいんだけど、さすがにあれは見てるとしんどいよね。ごめんね。でもかっこよかったよ。正義のヒーローみたいで」
「私ね、よく猫みたいだって言われるんだ。まあ、猫派っていうのもあるし、よく猫に懐かれるっていうのもあるんだけど、群れること嫌ってそうって」
「え? まあ確かに、高校生の時は色んな人に話しかけてたって話はしたけど、でもやっぱりグループに入れると何するかわからない、気まぐれな人間だって思われてたんだと思う。この自己分析、結構自信あるんだよねー」
「そんでもって、別に仲いい人に対して深入りしようとはしないし、ひょうひょうと生きてるからさ」
「でも、君は助けに来てくれた。それだけじゃない。話しかけても逃げなかったし、愚痴も聞いてくれたし、家にも上げてくれた。私に降り注いできた雨をやっと防いでくれる傘が現れたんだって、そんな人いたんだって思えた」
「だから、別に気負わないでって、言わない。私に深くかかわってほしい。でも、それが理由で生まれる辛さは、全部私にぶつけてほしい。それ以外もいくらでも話してほしい。だから」
そこまで話した彼女は息を詰まらせる。改めて深呼吸をし、口を開いた。
「一緒にいてほしい。もし嫌だったら、いつでも捨ててくれていいから」
「私のわがまま、聞いてもらえる?」
彼女に肯定の意思を伝えようと、僕は彼女の方に一歩寄った。
「ふふっ、ありがとう」
彼女はようやく笑顔を見せ、僕の前に立つ。
「ねぇ、一応聞いておきたいんだけど、本当に彼女いないんだよね?」
僕は黙って彼女を見た。
「……そんな、分かってるくせに、って目しないでよ」
「なんでまた聞いたのかって? ふふっ、内緒!」
彼女は白い歯をこぼして笑った。
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