第4話 シエル視点
僕――シエル・クラークは退屈だった。
学園に入学してからというものの、僕は退屈な日々を送っていた。つまらない授業を受け、つまらないクラスメイト達と共に過ごし、くだらない会話をする。そんな日常をひたすら繰り返していた。
正直言って、学園生活はとても退屈なものでしかなかった。だが、それも仕方がないことだ。
そんなときに現れたのが彼女――アリシア・ベルナールである。
彼女は無愛想で、人見知りな性格をしていた。余裕そうな笑みを浮かべて、いつも一人で本を読んでいるような女の子であった。
でも、それは演技だということは、すぐに分かった。人の表情は敏感に感じ取れる方だと自負している。彼女の笑顔の下に隠された感情もなんとなく察しがついた。
彼女はベルナール家では妹と比較され、冷遇されていた、というのは噂話や彼女の資料を見て知っていた。アシュリー・ベルナールは天才であるが故に、姉と比べられ続けたという。その結果、他人を見下すようになったとかなんとか……まあ、あくまで噂なので真実かどうかは分からないけれど。
そして、彼女の態度から推測するに、おそらく彼女は誰かに見てもらいたいのだと思った。自分の価値を認めて欲しいと思っているんだろうと思う。故に、アリシア・ベルナールは婚約者であるエリック・セルヴァンドに依存しているのは丸わかりだった。
アリシア・ベルナールはエリック・セルヴァンドに依存しているがエリック・セルヴァンドは違う。彼女のことを何とも思っていないように見えた。
だから、エリック・セルヴァンドはアリシア・ベルナールのことをどうでもいい存在だということは明白だった。
それどころか、『アリシア・ベルナールも俺のことなんて愛していない』などと言っているらしい。いや、愛してはいないかもしれないが依存していることには変わりないだろうのに。依存は愛ではなないのか?
そこについては人を愛したことが無い僕にはよく分からなかった。
だが、そんなことよりももっと大きな問題がある。それは――。
「(婚約破棄されてしまうのでは?)」
ということだ。
エリック・セルヴァンドは今年卒業を迎える。そして、彼は優秀な魔法使いであり、将来的には国を引っ張っていく人物になると言われている。つまり、彼の隣にいるべきなのは優秀な女性であって、落ちこぼれの女性ではないということだ。
それに、今の彼なら他に良い女性がいくらでも見つかるだろう。
だからこそ、このままいけば近い将来、二人は婚約を破棄してしまうのではないかと思ってしまう。
「(もし、そうなったら……!)」
あの歪んだ関係がもう見れないということだ。あの、必死にエリック・セルヴァンドに依存しようとしているアリシア・ベルナールの姿が見られなくなるということである。
それだけは避けなければならない。あんなにも面白いものは中々お目にかかれないのだから。そう、僕は彼女のことなんて好きなんかじゃないけど、彼女のことは気に入っているのだ。彼女が壊れる姿を見るまではこの関係は続いて欲しいと思っているし。
「……僕はやばい奴だと言われても構わない」
彼女に幸せになってもらいたいという気持ちもあるのだが、それよりも僕の好奇心の方が勝っている。結局はそういうことである。人というのは結局自分が一番可愛い生き物なのだ。
△▼△▼
あれから出来る限りフォローはした。
なるべく二人きりになるように仕向けたり、二人をくっつけようと色々と画策したりしたが、どれも上手くいかずに終わってしまった。
まあ、当然と言えば当然のことである。そもそも、あの二人が互いに想い合っているわけではないのだから。
どちらかが歩み寄っていれば状況は変わっていたかもしれないけれど。結局アリシア・ベルナールは無意識に依存をして、エリック・セルヴァンドはそれに気づいていないという状況のまま時は過ぎていった。そして、とうとうこの時が来てしまった。
アリシア・ベルナールとエリック・セルヴァンドが婚約破棄を言い渡したのである。……正直こうなることは分かっていた。だって最近エリック・セルヴァンドが他の女とイチャついているところを目撃しているからである。しかも複数人もだ。そんな浮気性の男と一緒にいても何もいいことはない。むしろ、悪い影響しかないだろう。
だが――。
「ひっぐ……うぅ……!」
アリシア・ベルナールは泣き崩れていた。まるで世界の終わりのような顔をしていた。それほどまでにショックだったのだろう。その表情を見た瞬間に思わず笑みを浮かべてしまいそうになった。
あぁ、やっぱり彼女は絶望している顔が一番似合うな。でも――。
「(……あれ、おかしいぞ?)」
どうしてこんなに胸がざわつくのだろうか。先まで面白い対象として見ていただけなのに。今では何故か彼女を救いたいと思ってしまっている自分がいた。
しかし、今更何をすればいいと言うのだ。もう手遅れだというのに。
僕はただの傍観者に過ぎないというのに――。
「おや。そこにいるのはアリシア嬢ではありませんか」
つい、声をかけてしまった。自分でも何故なのかは分からない。だけど、ここで彼女を見捨てたらきっと後悔してしまう気がしたのだ。
すると、彼女は涙で濡れた瞳でこちらを見つめてきた。あぁ、綺麗な目をしている。とても澄んでいるように感じる。
だが、それと同時に彼女の目は虚ろであった。
「久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「…………婚約破棄して来ましたわ」
彼女は自嘲気味に笑みを浮かべながら言った。その笑みに、胸が痛む。あぁ、駄目だ。彼女は今、傷心中なんだ。下手に刺激するのは良くない。
それでも、何か言わなければと思い、言葉を口にする。
「婚約破棄したのなら遠慮はいらない。僕は貴方に婚約を申し込む」
何を言っているのだろう。僕は今、とんでもない発言をしてしまったのではなかろうか。これではまるで愛の告白をしているみたいではないか。でも、言ってしまったのは仕方がない。
「僕と結婚前提で付き合ってくれ」
自分でも分からない。何故アリシア・ベルナールにそんなことを言ったのか。分からない。分からないけれど、一つ言えることがあるとすれば――。
「(僕は手放したくはない)」
彼女のことを見ていて思ったのだ。彼女は僕と似ているのだと。他人から必要とされたいと思っている。だから、自分を必要としてくれる存在を求める。そしてそれは僕も同じである。僕はもしかしたら――。
「(愛されたかったのかな)」
誰かに愛されてみたかったのかもしれない。それは誰でもよかった。目の前にちょうど婚約破棄された女性がいる。だから、利用しようとしただけだと思っていた。
△▼△▼
あれから数年が経った。アリシア・ベルナールとは正式に婚約を結び、結婚も間近である。二年前ぐらいにエリック・セルヴァンドに復縁を求められていたが、それを断っていた。彼女が手を触れられて、口出ししないと決めていたけど、
『お前さ。変わらないよな?俺のときも依存してたのは分かってたし。だから俺には分かる。シエル・クラークはいつかアリシアを捨てるってことがさ。だから俺のところに来い。今度は大切にする。だからさ……』
依存するのを知っていた?嘘をついてるのがバレバレである。分かってなかったらあんなこと言えるわけないだろ。それに、僕の気持ちは決まっている。
これは依存……だとあの男に言われた。それは事実だと思う。彼女も僕もお互いに依存し、求め合っている。
そして、今日も彼女に甘えるのだ。
「シエル様……」
でも、それでいいじゃないか。彼女が幸せならば、それが一番良いことなのだ。
だから、僕はこの歪んだ関係を続けていこうと思う。
例え、それが変だと言われても構わない。
だって、これが僕らの幸せなのだから。
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