第十一章 全世界GL化計画
クラス中に蔓延した祐真に対する『強者』という『誤解』は、しばらくの間続いた。
最終的には、ボクシング部だけではなく、空手部や柔道部の生徒からも勧誘を受ける始末だった。
だが、祐真はひたすら「勘違い」や「気のせい」だと言い張り、相手にしなかった。
その甲斐あってか、一週間もすれば、流行が過ぎるように、誰も祐真の強さについて触れなくなっていた。星斗や直也も、以前のように接してくれるようになった。
ようやく安心できる日常が訪れたのだと、祐真はほっとしていた。
それからさらに数日が経過し、期末テストも終わりを迎えた頃(散々な結果に終わったが)。祐真は『図書館巡り』を再会した。目的はもちろん、例の赤い本を手に入れるためだ。
だが、やはり成果は芳しくなかった。一切合切、各図書館には非日常が入り込んでいる余地がなさそうだった。
気落ちしたものの、以前のようなショックは受けなかった。なぜなら、今現在は平穏が訪れているからだ。学校全体が同性愛者に変貌するような妙な現象が起きたり、退魔士を名乗る不審人物が現れたり――そういった、非現実めいた出来事が起きていないのだ。
もしもこのまま安寧とした日常が続けば、無理に本を見つけリコを『召喚還し』する必要もなくなるのではないか。そんな想いにとらわれるほど、祐真の気分は落ち着いていた。
しかし、ここで鉄則が働く。高名の木登りという諺が示すように、安心した時こそが一番危険なのだ。
気づかないところで、すでにその予兆は病巣のように広がっていた。
休み明けの月曜日。余暇を過ごした反動で、気だるいまま祐真は朝起きて登校した。
明るく照らす朝日の中、通学路を通り、喜屋高校の校門を通過する。そして、そのまま玄関へ向かった。
大勢の生徒も同じように、周囲を歩いている。いつもの朝の光景。穏やかで、平和な日常。
祐真はゆっくりと息を吸った。肺一杯に、穏やかな空気が流れ込んでくる。草原の空気を吸ったかのように、新鮮な気分に覆われた。とても気持ちがよく、空でも飛べそうな気さえしてくる。このまま、安らかな日々が続きそうな予感があった。
祐真が息を吐いた時だった。祐真は一瞬呼吸を止めた。気になるものが目に飛び込んできたためだ。
それは、眼前を歩く女子生徒二人についてだ。二人の女子高生は、手を繋いで歩いていた。まるで恋人のように。
祐真は目を擦り、再度、確かめる。やはり、その女子生徒たちは手を繋いでいた。
男とは違い、仲の良い女子は時折手を繋ぐこともあるらしい、ということは、いくら女と縁遠い祐真でも知っていた。そういう光景を見たこともある。
だが、この二人は仲が良い友達だとか、親友同士だとかではなく、尋常ならざる雰囲気を纏っていた。まさに熱々のカップルのように、いちゃいちゃと乳繰り合いながら、手を繋ぎ歩いているのだ。
祐真は周囲を見回した。他の生徒の目には、どのように映っているのだろう。注目しているに違いない。
そう思った祐真は、目を疑った。どうして今まで気がつかなかったのだろうか。登校している女子生徒たちのうち、何組もが、手を繋いで歩いているのだ。その全てが目の前の女子生徒たちのように、中睦まじげにいちゃついている。
「これは……」
祐真は思わず、声をあげた。脳裏にかつての苦慮した光景が蘇る。
全世界BL化計画――。クラスメイトである横井彩香と、その彩香が召喚したインキュバスによって引き起こされた喜屋高校全てを巻き込んだ事件。
祐真とリコの尽力により、大事になる前に解決したものの、いまだその出来事が、祐真の記憶に古傷のごとくこびりついている。もっとも、淫魔術の副作用により、当事者(この場合、祐真と彩香、そして二人のインキュバス)以外の全ての人間は、記憶が完全に抹消されており、事件の内容を覚えている者はこの高校では皆無である。
今、目の前で広がっている光景は、その全世界BL化計画の先触れと全く同じだった。ある日、突然、スイッチが入ったように同性愛者が増え始める。それまでは一切、そういった兆候がなかったにも関わらず。
祐真は唇を噛み締め、周囲で手を繋いで歩く女子生徒たちから目を逸らした。暗澹たる気持ちが去来している。
やがて祐真は玄関へ辿り着き、下駄箱で靴を履き替えた。それから教室を目指す。
校舎内にも、ちらほら女子生徒同士のカップルが見受けられた。そうではない生徒たちは、皆奇異の目を向けている。
まさにあの時と同様だ。もしも今の現象の根源が、全世界BL化計画と同じだとしたら、これからさらに女子生徒同士のカップルが増えることになるだろう。
祐真は彼女たちを尻目に、廊下を急ぐ。とにかく、教室に行き、彩香に話を訊こう。目下、この現象の原因は彼女しか該当しない。彼女には『前科』があるからだ。
二年一組の教室へ入り、素早く室内を確認する。すでに彩香は登校しており、自分の席で楓ら数名の友人たちと会話をしていた。どうやら、突然増えた同性愛者について触れているようだ。
祐真は鞄を自席に置き、彩香の元へ向かう。
「横井さん、ちょっといいかな」
祐真は彩香に声をかけた。彩香は一瞬だけ、バツの悪そうな顔になる。まさかと思う。まさか本当に、彩香の仕業なのか。
彩香は友人たちに何事か告げ、こちらに歩み寄ってくる。
「いいよ。今、学校で蔓延している百合のことでしょ?」
「百合?」
「うん。女の子同士の恋愛のこと」
そう言えば、ネットか何かで聞いたことがある。女子の同性愛のことを百合というらしい。
しかし、この尋常じゃない状況で、随分と軽く受け止めているなと祐真は思う。やはり彩香の仕組んだ現象か。
「とりあえず、教室を出よう」
祐真は教室の戸口を顎でしゃくり、先に立って歩き出した。背後から彩香が着いてくる気配がする。
教室を出る時、登校してきた直也と鉢合わせした。祐真は手を振り、後でという意思を示す。直也は、祐真が彩香を連れて歩いている姿が不思議らしく、ぽかんとした顔をみせていた。
祐真は彩香と共に、教室を出ると、階段へ向かう。途中、やはり、何組かの女子生徒のカップルとすれ違った。
彼女たちは皆、何かに取り憑かれたかのように、惚けた表情でパートナーと熱情の瞬間を過ごしている。全世界BL化計画の時の状況と酷似していた。
祐真は屋上に続く階段を登り、踊り場で立ち止まる。わざわざ屋上に行かなくても、ここで充分だ。周りには誰もいない。
祐真は、静かに彩香のほうへ振り返った。
「横井さん。もしかして、あなたの仕業?」
祐真の主語を省いた質問に、彩香は即座に首を横に振る。
「違うよ! 私じゃない。私も驚いているんだ」
どうやら祐真の疑惑は予測済みだったようで、否定が早い。さきほど声をかけた際のバツの悪そうな顔は、この質問を覚悟したためだろう。
そして、実際のところ、どうなのか。彩香が最右翼なのは、依然同じだ。
「でも、他に疑わしい人はいないぞ。横井さんには前科があるし……」
なおも自身を疑う祐真の声に、彩香は慌てて手の平をひらひらさせた。
「祐真君が私を疑う気持ちはわかるわ。確かに、今、学校に広がる現象は全世BL化計画と状況は似ている。けれど、考えてみて」
そう言い、彩香は人差し指を立てる。真剣な顔付きだ。
「私が好きなのはBL。ボーイズラブ。対して、今学校で流行っているのはGL。ガールズラブなの」
「はあ」
「私はGLには興味はないわ。あくまでも私は、男の子同士の恋愛にしか興味がないの。男の子と男の子の恋愛以外の恋慕なんて、虫唾が走るわ。だからこそ、世界中の男の人を同性愛に染めようとさせたのよ。そんな私が今のこの状況を作ったと思う?」
彩香の説明は、身の潔白を証明するというよりかは、自身の信条をアピールするためのまさに『演説』だった。
祐真は腕を組んだ。祐真からしてみれば、BLだろうとGLだろうと違いはなさそうな気がするのだが、彩香にとっては雲泥の差らしい。
あくまでも彩香の主張に過ぎず、彼女の無実を証明するものではない。しかし、鬼気迫る演説に嘘は欠片もなさそうだった。
「……けれどそうなら、一体誰の仕業なんだ?」
祐真は困り果てて訊く。犯人が彩香じゃなければ、皆目見当も付かない。こんな異常な現象を引き起こすのは。
それとも、祐真の勘違いで、正味の話、誰も関与しておらず、ただの自然の現象なのかもしれない……は、状況として考えられないだろう。
彩香は綺麗に整えられた眉を、かすかに寄せた。
「少なくとも、淫魔が関わっていることは確かなんだけど……」
彩香の目から見ても、それは自明の理らしい。やはり、現在喜屋高校で発生している現象は、淫魔、ひいては淫魔術が関与しなければ起こりえないものだ。
しかし、そうなると、犯人が彩香ではない以上、三人目の『召喚主』が、この高校に存在することになる。
しかも、そいつは直近で例の『赤い本』を手に入れ、召喚主になったはずだ。もしも、以前から淫魔の召喚主であるならば、全世界BL化計画時、リコの手によって発覚しているはずだからだ。
祐真が方々を尽くして探している『赤い本』を直近で入手するなど、一体この召喚主はどのような方法を取ったのだろうか。
「……リコさんには伝えたの?」
「いや、まだだ」
学校の現象に気がついたのは今朝の登校時、つまり、ついさっきなのだ。まだリコには報せていない。
「私はユーリーに相談したんだけど……」
「なんて言ってた?」
「様子見だって」
今のところ、それしか手段はないだろう。下手に動いて召喚主ないしは、淫魔に目を付けられたら、厄介なことになる。
リコに相談しても、同じ答えが返ってくるに違いない。
「ユーリーの言う通り、とりあえず今は静観するしかないね」
祐真の言葉に、彩香は不安そう頷いた。眉宇に陰りがある。
思えば、全世界BL化計画時と違って、今回は女子が対象なのだ。彩香もその範疇である。自分の身に事が及ばないか心配なのだろう。女子生徒のカップリングを『百合』などと呼称していたが、さほど余裕があるわけではないらしい。
もっとも、彩香の場合は因果応報とも言える展開かもしれないが……。
「なにかあったらたまた話し合おう」
祐真はそう言って、会話を切り上げた。
午後になるにつれ、彩香の言うところの『百合カップル』は、増加の一途を辿った。見る見るうちに数が増えていっているのだ。その速さは、ウィルスというよりかは、パニックやヒステリーの類だった。
今回の現象は、全世界BL化計画と酷似している――。祐真は当初、そう思っていた。だが、この拡大スピードを考えると、それは間違いで、根本的な部分を見誤っている可能性があった。
やがて、五時限目の授業が終わりを迎えた。残すはあと一コマ。
休み時間、祐真は、星斗や直也と会話をしていた。
「なんかさー、随分と女子のカップリング増えてね?」
星斗は、教室を見回しながら、そう訊いてくる。このクラスでも、ペアとなった女子生徒たちの姿が散見された。
「うん。不思議だね。一体どうしたんだろ」
直也も童顔の中にある目を、ぱちぱちと瞬かせる。現在の状況が夢でもあるかのような風情だった。
この二人は全世界BL化計画時、淫魔術に感染し、現在の女子生徒たち同様、カップリングが成立された仲だ。
すでにその時の記憶は、二人の頭から完全に抹消されているため、覚えていないだろうが、地続きである祐真からすれば、結構奇妙な感覚である。
そこで、祐真はふと思う。もしも、何かしらの事情で、この二人ないしは、当時、感染の影響を受けて同性愛者に変貌し、男同士でカップルにさせられた誰かが、その事実を知った場合、どのような感情に晒されるのだろうか。
「カップルになるのは女子ばかりで、男はならないんだな」
祐真は言う。星斗が、当然だといわんばかりに、大げさにため息をついた。
「祐真。わかってないな。女の子同士が至高なんだぞ」
星斗は人差し指を左右に振った。まるで以前の彩香のような主張を行っている。
「男か女かでそんなに違うものなのか」
「当たり前だろ」
星斗は唾を飛ばし、吠える。随分と女の子のカップリングに一家言あるらしい。
そう言えば、今の現状を企んだ人間は、どのような思考に基づいて、決行を図ったのだろうか。まさか星斗が犯人だとは言わないが、同じように女子同士の恋愛が至高だと――ちょうど彩香とは正反対の価値観を持つ――考えで、発動させたのか。
いずれにしろ、感染のスピードは比較にならないくらい早い。まるで感染こそが目的であるかのように。
「なあ、誰が一番最初に、カップルになったかわかるか?」
祐真は二人に訊いた。全世界BL化計画時、最初に感染したのが古里たちだったと記憶している。親友のヤンキーである鴨志田と手を繋ぎ、仲良く登校をしていた、悪夢のような光景。
その二人を発端に、感染は広がった。もしも、感染源を突き止られれば、事態の収拾を図るヒントが得られるかもしれない。
しかし、二人は首を振った。
「いや、誰が最初だとかは聞いたことないな。今朝、皆同時に百合に目覚めていたと思うぞ」
星斗の発言に直也も首肯する。
「すでに何人もカップルになってたよ。昨日はなんともなかったのに」
祐真は顎に手を当て、教室の『百合』カップルを見やる。
最初の感染者が報告されないのも、全世界BL化計画時とは違う点だ。直也が言うように、同時に複数のカップルが発生したとなると、淫魔は始めから相当大勢の女子生徒に淫魔術を感染させたことになる。
そして、最大の疑問である『なぜ?』がここで降りかかってくる。
彩香の場合は、世界中の男をBL化するという目的があった。喜屋高校の一件はそのための礎であり、外堀を埋めつつ、じっくりと進行させる腹積もりであったのだ。敵国にスパイを送り込み、徐々に味方を増やして勢力を拡大していくかのごとく。
だが、今回の敵は、一体なんのつもりで女子生徒を同性愛者に変貌させているのか。
こればかりは、召喚主や淫魔を捕らえなければ、知ることができない事柄なのかもしれない。
一日の授業が終わると、祐真はすぐに帰宅した。
アパートへ到着し、リコへと報告を行う。
話を聞いたリコは、訝しげな表情を浮かべた。
「今度は女子生徒のカップルが?」
「そうだよ。前と同じ淫魔術が絡んでいるんじゃないのか?」
祐真は質問するが、リコは口に手を当て、思案に耽っている。
「どうした? 違うのか?」
「いや、おそらく、淫魔と淫魔術の仕業なのは間違いないよ」
「じゃあ何で悩んでんの?」
祐真が訊くと、リコは途端に男性アイドルのような笑顔になった。
「なんでもないさ。少し驚いただけ」
祐真はそれ以上気にせず、質問を行う。
「これから俺はどうすればいい?」
「とりあえず、様子見でいいんじゃないかな。感染は始まったばかりみたいだし、いますぐ動かないほうが得策だと思うよ」
やはりリコも、ユーリーと同じ結論だった。
「けれど、淫魔術に感染したら操られるんだろ? 大丈夫かな?」
祐真は以前、体育館で起きた出来事を思い出した。自分以外の生徒が淫魔術に感染し、ユーリーに操られる形で、全校生徒が襲ってきたのだった。
祐真は事前に対策できていたため、難を逃れたが、恐怖体験とも言える記憶だ。
祐真の懸念の言葉に、リコは手を振る。ピアニストのような長い指が揺れた。
「今のところ、祐真に淫魔術が感染した形跡はないから、心配しなくて大丈夫だよ」
祐真は意外に思う。全世界BL化計画の時は、袖振り合うだけで淫魔術が付着していたようだが、今回は大丈夫らしい。あんなに感染が拡大していたというのに。
リコは、こちらの疑問を読み取ったようだ。説明してくれる。
「多分だけど、祐真の高校で広まっている淫魔術は、女子に感染しやすいよう特化したタイプだと思うよ。男子にはあまり感染しにくいんじゃないかな」
「なぜわざわざ女子特化に? 男子にも感染するようにしたほうが効率は良いのに」
全世界BL化計画時は、そのせいでほぼ全ての生徒が感染したのだ。
リコは肩をすくめる。
「そこまではわからない。犯人を捕まえてみなければね」
「ちゃんと突き止められるかな? 召喚主」
「案外、ひょっこりと自分から姿を現すかもね」
リコは冗談っぽくそう呟いた。
祐真は思う。もしも、召喚主が姿を現すとしたら、こちらの正体を看過した上で、勝利を確信した時なのかもしれない。
その瞬間が訪れるとなると、少し恐ろしい気がする。暗躍している得体の知れない『誰か』が、殺し屋のごとく、暗がりからすうっと眼前に立ちはだかるイメージ。破滅をもたらす者。そいつは、手にした刃物を向け、こちらにぶつかってくる。途端、腹がかっと熱くなって……。
妄想にとらわれていた祐真は、はっと我に返った。茫然としていたせいだろう。リコは気を使うように顔をのぞき込んできた。
「大丈夫かい? さっきのは、ただのジョークだから」
祐真は気まずくなって、頭を掻いた。
「わかってるよ。大丈夫だ」
リコは元気付けるように言う。
「ちゃんと君に魔術を施してあげるから、大船に乗ったつもりでいてくれよ。祐真。何があっても平気さ。いつも言ってるだろ? 僕が必ず君を守ってあげるって」
リコは得意気に胸を張ると、こちらの頭を撫でた。
とりあえず、今はリコのアドバイスに従っておいたほうが得策だろう。リコが魔術をかけてくれるのなら、一応安心できるし、現状、今日や明日にでも状況が急転するとも考え難い。
祐真の中に、少しだけ余裕が生まれた。
翌日のことである。登校を終えた祐真は、教室にて、驚くべき光景を目の当たりにした。
「よ、横井さんどうしたの?」
祐真は目を丸くする。彩香の隣には彼女の友人である楓が立っており、二人は恋人同士のように手を繋いでいたのだ。
「なんかさ、私たち付き合うことになっちゃって」
彩香は気恥ずかしそうに、ショートカットの髪を搔き上げた。隣の楓も、普段の凛とした雰囲気とは少し違い、初々しい乙女のように、照れたように赤くなっている。
「横井さん、もしかして……」
そこまで言い、祐真は口をつぐんだ。皆まで言わなくてもわかる。明白なのだ。彩香も『やられて』しまったらしい。
しかし、なぜ、と思う。彩香にはユーリーが付いている。淫魔術に感染した場合、除去してくれるはずなのだ。なのに、どうして、彩香は淫魔術を発症させてしまったのか。
「横井さん、ちょっといい? 向こうで話をしよう」
事情を訊くために、祐真は彩香の肩を掴もうとした。そこで、楓が立ち塞がる。
「私の彩香に気安く触らないで」
楓の目は、吊り上がっていた。彼女はクールな面立ちなのだが、今は般若の形相だ。
楓は祐真の手を、バレーのスパイクを打ち込むように、叩き落とす。
「ご、ごめん」
祐真は手を擦りながら、頭を下げた。普段女子とほとんど接しない祐真にとって、女子から向けられる敵意は、精神へとクリティカルヒットするのだ。ここは引くしかないだろう。
「そういうことだから、ごめんね」
彩香は舌をペロリと出すと、楓と腕を組んでこの場を離れていった。祐真は二人の後姿を見送りながら、唖然と立ちつくす。
しばらくして、はっと我に返った。祐真は、ゆっくりと足を踏み出す。そのまま戸口へ向かい、教室を後にした。
女子生徒のカップルで溢れる廊下を、夢遊病者のようにふらつきながら歩く。さぞかし今の自分の顔色は、死人同然に青ざめていることだろう。
悪夢再来、といったところか。いや、下手をすると、以前よりも状況は悪いかもしれない。なにせ、インキュバスが付いているはずの召喚主すら、蜘蛛の糸にとらわれてしまったのだから。
祐真の頭に、先ほどの彩香と楓のツーショット姿が蘇る。
二人共、祐真が舌を巻くほどの熱々ムードのカップルだった。他者が分け入る隙間すらないほどに。
確か彩香だけではなく、楓もBL愛好家だった気がする。それなのに、自身が百合に染まるとは、淫魔術の恐ろしさを再認識させられた。
それに、と思う。ユーリーは一体、どうしたのだろう。少し前までは、ユーリーは療養のために離れていたのだが、現在は彩香の元へ戻っている。よって、昨日は共に自宅の部屋で過ごしたはずだ。
なのに、どうして今朝、彩香は淫魔術の毒牙にかかっているのか。なぜ、ユーリーは、彩香を守らなかったのだろうか。
リコに報告したほうがいいかもしれない。祐真はそう思い始めた。事態は深刻の様相を呈している。このままでは、取り返しの付かないところまで進行してしまいそうだった。
気がつくと、祐真は屋上へとやってきていた。鉄製の無機質な扉の前に、ぼうっと突っ立っている。
祐真は無意識に、扉の取っ手に手をかけた。それから、静かに開ける。
朝の日差しが目に飛び込んできて、祐真は目を細めた。雲の中に飛び込んだ気分だ。
やがて目が慣れ、祐真は屋上に足を踏み入れる。当然、今の時間は誰もいなかった。
フェンスのところまでいき、下方を見下ろす。ここからは、登校中の生徒たちが一望できた。生徒たちの中に、手を繋いだり、腕を組んで歩く女子生徒のカップルが相当数いることが見て取れた。
祐真は不安に包まれる。墨汁を水に垂らした時のように、徐々に黒い気持ちが胸中へ広がっていく。
これから先、俺は一体どうなるのだろう。対象が女子だけとはいえ、自分の身が安全だとは限らない。そもそも、誰がなぜ、このような真似をしているのか。
心の中の疑問は、祝福のように照らす朝日の中へ、無残にも吸い込まれて消えていった。
祐真が溜め息をついた時。背後で、扉が開かれる音がした。
とっさに振り向いた祐真は、はっとする。屋上へ入ってくる人の姿があった。しかも、見覚えがある。
古里だ。久しぶりに見たが、相変わらず小便のような下品な髪色をしており、肩を怒らせながら、こちらへ近づいてきている。
顔は不敵な笑みが貼り付いていた。どうやら、屋上に祐真がいるとわかった上で、やってきたらしい。
つまり、目当ては自分だ。古里はわざわざ早朝に、祐真目当てで屋上を訪れたということである。
祐真は古里のほうへ体を向けた。少しだけ緊張が走っているが、恐怖は微塵もなかった。何度も撃退した相手だし、幸い、今日はリコが魔術を施してくれている。おそるるに足らずの相手であった。
古里は、一定距離まで近づくと、立ち止まった。それから、顎を突き出すような仕草を取り、口火を切る。
「よお。クソオタク。こんな所でなにしてんだ? 盗撮か?」
こいつはわざわざ悪態をつくために、ここまでやってきたのだろうか。
あまり付き合いたくはないが、とりあえず、反応してみる。
「お前に言う必要はないだろ。何の用だ?」
祐真の生意気な物言いに、古里はカチンときたらしく、細い目を野獣のように歪め、睨みつけてきた。
「口の利き方がなってないオタクだな。テメー。いい加減にしろや」
「知らねーよ。だから何の用だ?」
やや強気で応じる。高校で有名なヤンキー相手に、恐怖やためらいはなかった。少し前までは、考えられなかった心境だ。
これも、リコのお陰か。力を借りてはいるが、自信が付いてきた証拠なのかもしれない。当然だが、古里には、祐真の強さのカラクリなど微塵も見当ついていないだろう。
しかし、こいつは本当に罵倒するためにわざわざ屋上までやってきたのだろうか。あるいは、散々してやられた過去が気に食わなく、リベンジでもしようという腹なのかもしれない。
そこで祐真は、あることに気がついた。そういえば、いつも一緒にいる鴨志田の姿が見えなかった。抱き合わせのようにセットが当然の相手だろうに、どこにいるのか。
全世界BL化計画時、こいつと鴨志田は熱々のカップルとなった仲だ。古里はそれほどの相棒を差し置いて、一人でここにやってきたことになる。
古里が鴨志田と手を繋いでいた光景を思い出しながら、祐真は足を踏み出す。屋上を出ようと思った。こいつと関わる価値はない。
「用がないならもう行くよ」
現在、学校を取り巻く異常事態で精神が疲弊している上、下らないヤンキー相手に労力を割くなど正気の沙汰ではなかった。
「待てよ」
古里が立ち塞がる。よほど祐真と絡みたいらしい。そんなに暇なのか。
祐真は古里を無視し、さらに進もうとした。
そこで、古里は唐突に恐るべき言葉を口に出す。
「お前がそんなに余裕なのも『魔術』のお陰か?」
古里が発した『魔術』という単語に、祐真の心臓が跳ね上がる。立ち止まり、古里を凝視した。
聞き間違いじゃないかと思った。どうして、こいつが魔術のことを知っている? 口からでまかせにしては、的を射すぎていた。
動揺した祐真が、何も言えず喘いでいると、古里は手を叩いて猿のように笑った。
「ビンゴ! やっぱお前、淫魔を召喚してたんだな」
さらなる衝撃が祐真を襲う。クリティカルな発言である。この男は、なぜか淫魔のことを知っていた。
どうしてこの知識皆無のはずのヤンキーが、淫魔の情報を把握しているのか。どこから漏れたのだろう。
ぐるぐると疑問が頭の中に渦巻き、やがてペナルティに関する恐怖が占領し始めた。一般人に淫魔の存在を知られたら、淫魔世界の捕縛部隊により、連行され、陵辱の限りを尽くされる――。
このままではまずいと思った。古里そのものの脅威ではなく、ペナルティの恐ろしさが先行した。どうしよう。どうやって対処すればいい。
しかし、ここで古里がとあるアクションを取った。それは、祐真が予測すべき『答え』の一つだった。
淫魔の情報が漏れたわけでも、古里が探り当てたわけでもない。単純な理由。ペナルティの懸念はなくなるが、さらに厄介な事象に見舞われる展開。
すなわちそれは――。
「もういいぞ。入ってこい!」
古里は屋上の出入り口に向かって、そう叫んだ。直後扉が開かれ、人影が現れる。
祐真は目を見開いた。屋上に入ってきた人物は、およそ、高校には似つかわしくない格好をしていたからだ。
その人物を一目見て、祐真はすぐに悟る。一つの可能性。限りなくゼロに近いが、あり得る話。そして、現在この高校で起きている現象と目の前の人物が、一本の線で繋がった。
屋上に入ってきた人物は女性だった。ハリウッド女優のように魅惑的な体型を持ち、背中まで伸びたブロンドの髪が、朝日を受け、黄金のように美しく輝いている。
肌は健康的に焼けており、気が強そうな大きな目と、小悪魔的な容貌で、男なら誰だろうと見惚れてしまうほどの端整な顔だった。
そして、特徴的なのは、マイクロビキニとボンテージを合わせたような露出の多い服を着ていることだ。これはかつて、あの赤い本のイラストで目にしたことがある服装である。
目の前の女性は、間違いなくサキュバスだ。身体中から、フェロモンを放出してるかのように、息を飲むほど蠱惑的な魅力がある。
祐真は彼女から目を離せないでいた。
「悟ったみたいだな。こいつの正体を」
勝ち誇ったのように宣言する古里の隣に、サキュバスは近づいた。そして、水商売の女のように、媚びる仕草で古里の肩へ手を回す。
二人は、祐真の目の前で口づけを行った。濃厚な口づけだ。ディープキスというやつか。祐真の目も憚らず、二人は熱くお互いの唇を貪り続けた。
祐真はそれを唖然と見つめる。人がキスする光景をこんな間近で拝むのは初めてだ。それに、相手が古里とは言え、このサキュバスのキスシーンは、非常に魅力的であった。
やがてキスを終えた二人は、こちらに向き直る。サキュバスのほうは憑き物が落ちたようなスッキリとした顔をしているが、古里のほうはどこか疲労が募った顔だ。
淫魔はキスや性交によって、人間から精を吸う存在であることを思い出す。リコと一緒にいると忘れがちになるが、こいつらは人間を糧に生きる魔の者なのだ。
おそらくだが、雰囲気から察するに――むしろ淫魔であることを考えれば当然ではあるが――この二人は性交の経験もあるようだ。
「お前、俺たちを見て興奮してんのか? お前も淫魔と毎日やってんだろ」
よほど祐真が呆気に取られた顔をしていたのだろう。古里は不思議そうに訊いてくる。精を吸われた反動か、気だるそうだ。
手はサキュバスの腰にしっかりと回していた。ここがデートスポットでもあるかのような風情だ。
祐真は目の前で展開される怒涛のような光景に動揺し、古里の質問に答えられないでいた。
次に、サキュバスが、古里の手から離れ、こちらに近づくと、顔をのぞき込んでくる。
「はじめまして。私の名前はシシー・デバテーデレン・マッキンタイア。わかっていると思うけど、サキュバスよ。あなたのことは清春から聞いてるわ。随分とオイタな坊やらしいじゃない?」
シシーは、歌姫のような美声でそう言い、嘗め回すようにしてこちらを見てくる。
すると、シシーは綺麗な眉を寄せ、怪訝な表情になった。
「なんだか妙ね。あなたからは淫魔の気配が感じられないわ」
シシーは疑問を呈する。これに古里が反応した。
「はあ? どういうことだ? こいつも召喚主なんだろ?」
「あなたの話を訊く限り、間違いなくそうだけれど、この子には淫魔から精を吸われた形跡がないわ」
「どういうこった? 勘違いか?」
古里は、恨みがこもった視線をこちらに向けてくる。
「いいえ。巧妙に隠してはいるけど、今、この子に魔術がかかっているわ。でも魔術士とか退魔士でもないことも確か。あなたの話を踏まえると、淫魔の召喚主なのは断言できるのよ」
「一体、なんなんだ? こいつ」
古里は、汚い物を見るような目で、祐真を見てきた。
祐真は唾を飲み込んだ。脳の処理が追い付かず、絶句する以外アクションが取れなかった。とりあえず、リコの正体はばれていないことは確かのようだ。
祐真は目の前の二人を見据えた。やはりこの女はサキュバスだった。召喚したのは信じられないことに古里。
どうしてこのヤンキーが、あの赤い本を手に入れたのかの疑問は尽きないが、今は直近に危機を脱するのが先決だろう。
祐真はかろうじて言葉を発した。
「この学校で起きている現象、お前たちが仕組んだのか?」
かすれた声でそう訊く。喉が渇いていることを自覚した。
祐真の質問に、二人は同時に顔を見合わせた。そして、まるで安っぽいジョークでも聞いたかのように、互いに笑い合う。下品な嘲笑。
「今さらかよ。もっと早く訊けや」
古里は鼻を鳴らし、小馬鹿にしてくる。シシーも古里の肩に身体を寄せ、微笑んだ。
「そうよ。私が感染型の淫魔術を流して、女子生徒たちを同性愛者にしたの。今風に言うとGLね」
すでに予想したように、シシーが首謀者らしい。祐真は質問を重ねる。
「どうしてこんな真似を?」
いくつか疑問があった。この女子生徒GL化とも言うべき現象は、彩香とユーリーが目論んだ全世界BL化計画を再現したもので間違いがない。
しかし、なぜ、それを知っているのか。全世界BL化計画は、喜屋高校において、祐真と彩香以外は記憶から失われているはずだ。
シシーが答えを発する。
「簡単な話よ。清春に頼まれたの」
「頼まれた?」
祐真は古里を見る。古里は、腕を組み、不機嫌そうに顔を歪めた。
「知ったからな。オメーのクラスの横井彩香とかいう女と、召喚された淫魔が起こした『全世界BL化計画』のこと」
古里は、粗雑な口調で経緯を話し始めた。
ある日、古里は赤い本を偶然入手する。内容に目を通すと、淫魔なる人外の生き物を召喚する方法が記されていた、
面白半分、興味本位半分ながら、古里は本の内容を実行した。
そして起こる超常現象。信じられないことに、目の前に全裸の女が出現したのだ。
女はサキュバスだった。名前をシシーと名乗った。
古里は、シシーが召喚されると同時に、彼女に強く欲情していた。それもそのはず。シシーは、男を釘付けにする明媚な容貌を誇っていたのだ。
女優のようなプロポーションと、女神を思わせる妖艶な顔作り。男の持つ性的興奮を体現したような存在だった。
古里は我慢できず、シシーに飛び掛った。彼女は抵抗せず、古里を受け入れた。むしろ彼女も乗り気だった。
召喚を実行した未明から、朝にかけて行われる性交。これほどの快楽は経験したことがなかった。
やがて、古里は性交に疲れ果て、シシーの豊満な胸の中で眠った(この時の疲労が、実は淫魔による吸精だと後に知る)。
起きたあと、ベッドの中でシシーとのピロートークが行われた。
シシーは色々と説明してくれた。淫魔のこと。魔術のこと。ペナルティのこと。
まるで映画や漫画の中の話だった。しかし、証拠がこうして隣に寝ている以上、受け入れざるを得なかった。
一通り、話を聞いたあと、シシーは怪訝な表情をみせ、こう言った。
「あなたには魔術がかけられた形跡があるわ」
寝耳に水の話だ。魔術なんて当然、触れたことも関わったこともない。
古里が驚いていると、シシーは魔術を解除する、と言い、古里の額に手を触れた。
その途端だ。古里の頭の中に閃光が走った。
フィルムを高速で回すように、いくつもの映像がフラッシュバックした。木更津駅の路地裏で、出会った銀髪の少年。その少年から、キスをされ、そのあと現れた鴨志田に行ったこと……。
喜屋高校の男子生徒が、何人もカップルになった光景。自分も仲の良い鴨志田と付き合うようになり、恋人のように過ごした時間。そして、憎き羽月祐真に欲情し、トイレで襲い掛かった際、発生した不可思議な現象。
それらが、奔流となって古里の脳裏になだれ込んだ。あり得ない出来事を経験した事実。認めたくない痴態と羞恥。
古里は悲鳴をあげ、ベッドの中で頭を抱えた。
シシーが呼び覚ました現実は、古里に壊滅的な屈辱と怒りをもたらした。性的指向を魔術によって変えられ、自分の意思に寄らない相手とカップルにさせられ、恋人として過ごしたのだ。
相手である鴨志田との情事の記憶が、心臓へアイスピックのように突き刺さり、ずきりと痛む。
「……殺してやる」
自然と口から出た言葉だ。憤怒と憎悪がタンボラ火山のように噴火し、真っ赤な炎が精神を覆い尽くした。
古里が怒りに打ち震えていると、シシーがそっと頭を撫でてくる。
「安心して。私が協力してあげるから」
シシーはまるで聖母のように、こちらを抱き締めてくれた。
それから、蘇った古里の記憶とシシーの調査により、全世界BL化計画の全容と黒幕が明らかとなった。
事実を知った古里は、復讐のために同じことを行った。
それが今の喜屋高校における異常事態の真相だった。
古里の説明が終わり、祐真は自身の呼吸が荒くなっていることに気がついた。足が震え、動悸がひどくなる。
祐真は愕然としていた。よりにもよって、とはこのことだ。古里の元に淫魔が召喚され、全世界BL化計画を知られてしまう――。
運命とはどれほど残酷なのだろう。まるで誰かが操っているかのように。
祐真の動揺を見た古里は、おかしそうに噴き出した。
「そう、それそれ。お前のそんな表情が見たかったんだよ」
古里は手を叩き、挑発的な物言いをする。
「あ、赤い本はどこで手に入れたんだ?」
祐真はつっかえながら質問する。動揺を悟られたくはなかったが、仕方がない。自身の許容を超えるハードな展開に直面しているのだ。
「言うかよ。馬鹿」
古里は、中指を立て、チンパンジーが威嚇するように歯を剥き出しにする。予想通り、この猿には無駄な質問だったようだ。
「で、これから先、お前に対する処遇なんだけど」
古里は、シシーの尻を撫でながら言う。
「お前が召喚した淫魔を含めて、殺すわ。前、俺に勝てたのも、淫魔から魔術を施されていたからなんだろ? てめーの実力じゃないくせに、よくも舐めた真似してくれたな」
古里は肩を揺らしながら、目の前に迫ってくる。鬼のような形相。これまでの怒りが一気に表出したのだろう。
少しだけ恐怖が込み上げてきた。
「正春。手を出しちゃ駄目よ。彼には魔術がかけられているから」
シシーが背後でそう忠告した。
「ああ。わかっているよ」
古里はポケットに手を突っ込み、こちらを見下ろした。
「お前を殺したあとは、横井とかいう女だ。今は存分にレズを楽しんでもらっているけど、あいつも必ず殺す」
強い決意を感じさせる表情。元々蛇のように執念深く、下らないプライドだけは高い奴だ。宣言は伊達ではなく、本気なのだろう。
祐真は古里の気迫に押され、無言になる。
シシーが言葉を発した。
「殺すのはいいとして、その子の淫魔の正体が不明慮なのよ。さっきも言ったけど、その子は淫魔から精を吸われている形跡がないの」
「精を必要としない淫魔なんじゃねーの?」
古里は背後を振り返り、そう訊いた。しかし、シシーは首を振る。長い金髪が、実った小麦のように美麗に揺れた。
「そんな淫魔はあり得ないわ。人間で言うと、食事をしないことと同じだもの」
古里はニヤケ面をし、肩をすくめた。
「ま、別にどうでもいいよ。こいつと淫魔を殺すことには変わりはないからな。シシー、お前がいればどうとでもなる」
そう言うと、古里はこちらに背を向け、歩き出す。シシーの隣に行くと、彼女の腕を取って、屋上の扉へ向かい始めた。どうやら退散するらしい。ふとどうやってシシーは校内を通ってきたのか疑問に思った。魔術でカモフラージュしている可能性が高いが、どうであれ、場違いな姿なのは変わりない。
最後に、古里はこちらへ首だけを向け、脅すように言う。
「今日は面倒だし、お前に魔術もかかっているから、見逃してやる。だけど、覚えとけ。マジでいずれ殺すからな?」
古里は再び宣言すると、大きな声で笑いながら、シシーを連れて屋上を出て行った。
祐真はしばらくの間、茫然自失の状態で、その場に立ち尽くしていた。
頭の中は絶望で埋め尽くされている。ようやく平穏が訪れたと思った矢先、また厄介事が湧き起こったのだ。いや、今回のこれは厄介事に留まらない。まるで災厄だ。壊滅的な打撃を与えるアースクエイクそのもの。
祐真はチャイムが鳴るまで、屋上に放心状態で突っ立っていた。
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