めちゃくちゃ断りずらい
「……ど、どうも」
ヘレナに腕に抱きつかれながら、無理やり部屋に入れられて公爵と目が合った俺は、目を逸らしたい気持ちを抑えながら、何とかそう言った。
……気まずい。実際には目が合ってから、まだ全然時間は経ってないんだろうが、俺からしてみれば時が止まったような感覚でマジで気まずい。
……しかも、アリーシャの家で会った公爵と違って、ヘレナの親の方の公爵はここからでも分かるくらいに筋肉質で、俺なんかが殴られたら割と本気で死にそうなんだけど。
「おう! 待ってたぜ! 名前の無い恩人さんよ」
俺が公爵から目を逸らさないのを我慢していると、公爵は俺の後ろに回ってきて、俺の両腕抱きついてきてるアリーシャとヘレナに影響が無いように、俺の背中を器用にバンバンと叩いてくる。
……痛い。痛いんだけど、それ自体は正直どうでもいい。
そんなことより、俺は今、恐怖という感情が上回っていた。
だって俺、この公爵のことをちゃんと、目を逸らさないように見てたんだぞ? なんで俺の後ろにいるんだよ。
え? この人ただの筋肉めっちゃすごいだけの公爵じゃないの? 殴られたらやばいとは思ってたけど、仮に殴られそうになっても、正直普通に避けられると思ってたんだけど。
これ、本当は俺が誘拐犯だってバレたら、リアだけじゃなく、この人単体も敵になるってことだろ? 俺、絶対死ぬぞ。
「ど、どうも」
そんな恐怖心で、俺はこの部屋に入ってきた時と全く同じことを言ってしまった。
「ちょっとお父様、早く私たちのことを座らせてよ」
「あぁ、そうだったな。好きに座ってくれていいぞ」
俺の内心を知ってか知らずか、ヘレナは公爵に向かってそう言ってくれた。
すると、特に公爵は気分を害した様子なく、いつの間にか俺の後ろから移動して、ソファに座りながらそう言ってきた。
マジで目で追えないんだが。
俺がそう思っていると、ヘレナに腕を引っ張られて、公爵の対面のソファに座らされた。
当然……いや、全然当然じゃないけど、ヘレナとアリーシャはそのまま、俺にくっついてきながら、一緒にソファの座ってきた。
リアはそっと俺たちの後ろに立っている。
……今更なんだけど、あの筋肉公爵は自分の目の前で娘とイチャイチャ? してるのに、なんとも思わないのかな? いや、それならそれでありがたいんだけどさ。
アリーシャの父親の方……筋肉じゃない公爵には恩人補正ありきでも、恨まれてそうだし。
「さて、早速だが、娘を……ヘレナを助けてくれて、本当にありがとう」
そう思っていると、筋肉公爵はそう言って、頭を下げてきた。
……気まずい。
完全なるマッチポンプなんだよ。ヘレナやアリーシャのことを助けてもなければ、誘拐した張本人なんだよ。
「だ、大丈夫……です、から。頭をあげてく……ださい」
だから、俺はそう言った。少しでも早く頭を上げてもらって、俺が本当の誘拐犯だってことがバレた時に少しでも怒りを収めて欲しいし。……意味ないと思うけど。その場合は、多分、一瞬で殺されるな。……いや、殺して貰えないか。
その未来だけは絶対に回避しないと。……その為には逃げるのが一番手っ取り早いんだけど、それが無理だからこうして困ってるんだよな。
……あの俺を殺しに来た奴が何か余計な事を言わないか、本当に不安だ。……それまでに公爵領から逃げるか、あいつが死なないことを祈るしか無い、よな。
「お父様、困ってるわよ」
「あぁ、そうか。悪いな。ただ、感謝してるのは本当だ。ありがとう」
だから、やめてくれ。
「い、いえ」
「これ以上は本当に困らせるだけか」
これ以上と言うか、ずっと困ってるけど。
「分かった。話を移そうか」
……いや、もう帰りたいんだけど。
「バザルトには家を貰ったんだったよな?」
「……そう、です」
「だったら、俺からは何を送ろうか……綺麗どころのメイドでも送ろうか?」
筋肉公爵は冗談めかして、そんなことを言ってきた。
別に欲しいなんて微塵も考えてないけど、アリーシャとヘレナがいる両腕が急に痛くなってきたから、悪い冗談はやめてくれ。マジで。
「要らない……大丈夫、です」
「そうか。……だったら、ヘレナでもくれてやろうか? ヘレナも嫌な訳じゃないだろう」
「は、はぁ!? わ、私は全然、違うわよ!」
ヘレナが顔を真っ赤にしながら否定しているけど、それ自体は別にいい。どうせ俺も断るつもりではあったからな。……俺、誘拐犯だし。バレた時怖いし。
ただ、めちゃくちゃ断りずらくね? 今ここで「いや、要らないです」なんて言ったら、後でヘレナがおかしくなるか、普通に拗ねる未来が手に取るように分かるんだけど。
「アリーシャも欲しいのなら、俺がバザルトのことを説得してやってもいいんだぞ?」
マジで、誰かこの筋肉を止めてくれ。
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