もう一生来たくない

「ガハハ、まぁ困ってるみたいだし、別の礼にしておくか」


 公爵という立場にある人の笑いとは思えないくらい豪快な笑い声を上げながら、筋肉公爵はそう言ってきた。

 是非そうしてくれ。

 いや、そもそもの話礼すらいらないんだけど、それはあっち的にもダメっぽいし、さっき言ってきた礼以外なら基本なんでもいいから、早くこの時間を終わらせてくれ。

 何となく、本当になんとなく、勘違いかもしれないんだけど、ヘレナとアリーシャが不満そうなんだよ。アリーシャの方は正直よく分からんけど、ヘレナの方はさっきの筋肉公爵の言葉に何も言わなかったから、変なプライドが傷つけられてるんだろ。

 早く適当な礼でも貰って、ヘレナに何か言い訳をしないとまたおかしくなって、本来のヘレナなら絶対にしてこないようなことをしてくるかもしれない。


「何か欲しいものは無いのか?」


 ここで何かを答えられたらいいんだが、特にないんだよな。

 ……いや、実際には、無いことはないんだけど、俺が何かを要求して、いつか誘拐犯だとバレた時、余計に公爵達を怒らせてしまいそうだから、下手なことは言いたくないんだよ。


「特にない……です」


 だから、俺はそう答えた。


「ふむ。分かった。ならば俺に一つ貸しということにしておこう。何かあったら直ぐに頼ってくれ。俺に出来ることなら何でもすると約束しよう」

「……え、あ、はい」


 反射的に頷いてしまったけど、これなら別にいい、のか? 

 怖いから、特にその貸しを使うことは無いだろうし、別にいいのか。


「よし、納得してくれたのなら、これを受け取ってくれ」


 そう思っていると、アリーシャの父親の公爵と同じように、ジャラジャラと金の音がする装飾されている綺麗な箱を俺に渡してきた。

 何か形に残る礼も必要ってことかな。……公爵なら金なんていっぱい持ってるだろうし、金の方は有難く貰っておくか。

 逃走資金にも出来るしな。


「ありがとう……ございます。それじゃあ、そろそろ俺は帰る……ますね」

「ん? もう帰るのか? もっとゆっくりしていってくれても構わないんだぞ」

「……そうよ。……別に、ずっと居てくれてもいいんだから」


 いつか逃げるから、ずっとは絶対に無理だけど。……いや、逃げないにしろ、ずっとここにいるなんて俺の胃がもたなそうだし、無理だけど。


「少なくとも、今日は帰るよ」


 もう一生来たくもないし、来る気もないけど。

 

「……また来てくれる?」

「……多分な」

「うん」


 不安そうに聞いてくるヘレナにそう答えると、ヘレナは頷いて、そのまま頭を俺の肩に預けてきた。

 いや、だから俺帰るんだって。離れろよ。

 後、筋肉公爵……ヘレナの親の前でこれ、大丈夫なのか?

 そう思って、俺は筋肉公爵のことをチラッ、と覗き見たんだが、特に気にした様子は無い……どころか、ヘレナのことを微笑ましそうに見ていた。

 ……あれか? ヘレナってよくおかしくなるから、もう慣れられてるのか? ……まぁ、気にしてないみたいだし、別にいいか。


「……ヘレナ、立ちたいから、体を預けてくるのをやめてくれ」


 小声で俺がヘレナにそう言うと、ヘレナは渋々ながらもやめてくれた。

 

「それじゃあ、俺は帰る……ますね」

「あぁ、またいつでも来いよ」

「……はい。……アリーシャ、ヘレナ、立つぞ」


 またここに来る気なんて全くないけど、俺は適当に頷いて、俺の腕に抱きついてきてる二人にそう言ってから、ソファから立ち上がった。

 いきなり立ち上がって、何かあったら困るからな。……しかも公爵の前だし。

 

 そして、一度公爵に対して頭を下げてから、俺たちは部屋を出た。

 


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