脅し

 馬車が止まった。止まってしまった。

 両隣にアリーシャとリア、そして、前にはヘレナ。

 そんな状態だからこそ、外の様子を見ることは出来ないが、着いてしまったんだろう。……ヘレナの家、もう一つの公爵家に。


「……ヘレナ」

「わ、分かってるわよ!」


 すると、ヘレナは約束通り、顔を赤らめながらも、俺の膝の上から退いて、離れてくれた。

 綺麗な赤い髪の毛で隠してるから分かりにくいけど、まだ耳の先まで真っ赤っかだ。

 

「さ、さっきまでのは、あ、あれだから! ち、違……くはないけど、違うのよ!」

「あ、あぁ、分かってるよ」

「わ、分かってないわよ!」


 いや、ちゃんと分かってるぞ? 二人がしてることを自分だけしてなくて、変なプライドが出てきたってことだろ? それで、ちょっと……いや、かなりおかしくなっちゃったんだろ。

 全部分かってる。……なんならそうやって後悔する所まで、分かってたぞ?


「わ、私先、出てるから!」


 俺がそう考えていると、ヘレナは一方的にそう言って、馬車から出ていった。

 そしてそのまま、騎士やメイドの人達に出迎えられていた。


「俺達も出るか」

「はい」

「うん」


 俺の言葉に二人は頷いてくれながらも、俺の腕に抱きついて、離れてくれる気配がなかった。

 いや、離れろよ。またヘレナの変なプライドが傷つけられて、おかしくなったらどうするんだよ。


「またヘレナが変になったら嫌だから、離れてくれ」


 そう思って、俺は二人に向かってそう言った。


「……浮気」


 すると、リアが小さく、そう言ってきた。

 ……うん。リアはこのままでもいい気がしてきたな。……別にリアと付き合ってるわけじゃないし、浮気なんてしてないんだけどな? ……同じベッドで一夜は明かしてしまっているけど、俺、襲われた側だし。

 でも、何となく、そう、何となく、リアはこのままでいい気がしてきた。


「……アリーシャは離れてくれ」

「私の初めてのキス……」


 ……それに関しては本当に俺は悪くないからな? いや、逃げようとはしたが、それは仕方ない事だし、俺は本当に悪くないぞ。

 リアの場合は、俺がリアの話を聞かずに、酒を飲ませたのが悪いかもしれないけど、アリーシャの場合は完全にそっちから無理やりしてきてるんだからな?

 そう思いはするけど、実際あの公爵にその事を告げ口されたら、事実がどうであれあの人の中では俺が悪者になるだろうし、下手なことは言えない。

 ……まぁ、実際悪者なんだけどさ。


「……馬車から出る時だけは、離れてくれ。狭いから」


 そう言うと、二人は渋々といった感じで、一旦離れてくれた。

 このままずっと俺なんかにくっついて来ないで欲しいんだが。……少なくとも、ここにいる間だけでいいからさ。


 そう思いながら、俺が馬車を出ると、二人も直ぐに馬車を出てきて、俺の腕にくっついてきた。

 ……アリーシャの家に行った時の、あのエスコート? みたいなやつ、しなくてもいいのかよ。……俺、今またあれをしなきゃダメなのかと思って、する気満々だったぞ。

 ヘレナは羞恥心に耐えられなくて、先に馬車を出てたから、ちょうど二人だと思って、手を差し出そうと思ってたのに。

 ……いや、別にあれをまたしたかったわけじゃないから、別にいいけどさ。

 普通に、あれのせいで俺はアリーシャの親の方の公爵に嫌われたもん。……俺が誘拐犯だってことがバレたら、嫌われるどころでは済まないと思うから、別にいいけど。


「な、なんであんた達はそんなにくっついてるのよ!」

「……俺に聞くな」


 ヘレナがこっちの状況に気がつくなり、そう言ってきたけど、俺も知らんよ。脅されたんだよ。俺は。

 幸いなのは、ヘレナはまださっきの羞恥心が残っているのか、顔を赤らめながらうずうずとしているけど、俺の方に向かってくる様子は感じられないことだ。

 ……あれか。正気に戻ったから、人の目を気にしてるのか。

 そのままずっと人の目を気にしててくれ。正気でいてくれ。頼むから、ヘレナの親の公爵の前で、いつもみたいにくっついてきたりするのだけは本当にやめてくれ。……後でなら、いくらでもおかしくなってくれていいからさ。

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