初めて

 アリーシャがリアを呼んできてくれるみたいだから、ヘレナを連れて馬車で待つこと数分。アリーシャがリアを連れて、馬車に入ってきた。


「……」

「……」

「「……」」


 ……頼むから、何か言ってくれ。……俺が一番気まずいんだから。

 いや、気持ちは分かるぞ? 馬車に入ってくるなり、ヘレナが俺の膝に座って俺に抱きついてたら、何を言ったらいいのか分からない気持ちは分かるぞ? 俺だって分からないし。……でも、離れてくれないんだよ。


 ……と言うか、今更なんだけど、リアからしたら、これって浮気ってことになるんじゃないのか?

 だって、よく分からないし、絶対に言ってないんだけど、リアは俺に好きって言われてるらしいし。……絶対言ってないけど。

 

 そう思って、恐る恐るリアの方をチラ見したんだけど、特にリアは気にした様子なく、俺の隣に座ってきた。

 それに続いて、アリーシャも俺の隣に座ってきた。

 ……対面の椅子が普通に空いてるんだけど? 


 そう思っていると、普通に馬車が動き出した。

 え、マジでこのまま向かうの? ……と言うか、馬車から出る時とか、どうしよう。絶対人がいるだろうし、ヘレナがこのままだったら……いや、流石にその時は離れてくれるか。……離れてくれるよな?

 

「へ、ヘレナ? ヘレナの家に着いたら、離れてくれるよな?」


 心配になってきた俺は、抱きついてきているヘレナにそう聞いた。

 

「なんで?」

「なんでって、ヘレナの家は公爵家だろ? このまま出ていくのは、絶対不味いだろ」

「やだ。私の家なんだから、別にいいもん」


 いいもん。じゃねぇよ。良くねぇよ。

 ヘレナが良くても、俺は全然良くないし、ヘレナだって正気の状態だったら絶対嫌だろ。

 後、俺が公爵に何を言われるか分かったもんじゃない。……アリーシャの父親もだったけど、ヘレナの父親も絶対親バカだと思うし、マジで殺されるかもしれない。離れてくれ。

 

「別にいいんじゃないですか?」


 そう思っていると、横からアリーシャがそう言ってきた。

 いや、いいわけないだろ。だって俺が死ぬもん。

 ……あ、でも、ヘレナの父親もアリーシャの父親と同じで、身内の女性に弱いタイプなのか? 最初俺が逃げて、馬車の中でこの二人に絶望の再開を果たした時、母親に頼んだって言ってたもんな。

 だったら、これを見られたところで、俺の胃が痛くなってヘレナの父親に恨まれるだけで済むのか。……アリーシャとヘレナを助けたっていう補正がかかってて、何もされないとは思うが、俺が本当の誘拐犯だとバレてその補正が無くなった時、殺される程度じゃ済まないんじゃないか? 

 ……うん。ダメだわ。やっぱり最前は離れてもらうことだ。

 

「良くない。ヘレナ、何をしたら離れてくれる?」

「……キス」


 それは分かりきった答えだ。

 さっきから言ってたしな。


「……分かった。ただ、ほっぺでいいか?」

「やだ」

「……確かに、俺はアリーシャとリアとキスをしたことはあるが、自分からした訳じゃない。ただ、ほっぺでいいなら、初めて、自分からするぞ?」


 俺は「初めて」という言葉を強調して、そう言った。

 頼む。頷いてくれ。ほっぺたなら、ヘレナにとってもまだダメージは少ないはずだし、お互いにとっての最善なんだよ。

 我ながら良い妥協案だと思う。

 ここ最近、めちゃくちゃ頭を回してるからか、少し賢くなってきてるのかもな。


「……初めて? ……うん。分かった。それなら、ほっぺでいいわよ」

「……じゃあ、横向いてくれ」


 俺がそう言うと、ヘレナはほっぺたにキスをしやすいよう素直に横を向いてくれた。

 ……なんでそこだけ素直なんだよ。……だったら、離れてくれって言う俺の言葉にも素直に従ってくれよ。

 

 そう思いながら、そして両隣から視線を感じながらも、俺はヘレナのほっぺたにキスをした。

 ……当たり前っちゃ当たり前だと思うけど、柔らかいな。


「……ほら、ちゃんとしたんだから、離れてくれ」

「……う、うん。……着いたら離れる」


 ヘレナは耳の先まで顔を赤くして、そう言ってきた。

 ……まぁ、着いた時離れてくれるなら、別にいいか。


────────────────────

あとがき。

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