居留守

「……わ、分かった」


 リアに居留守を使うことを無理やり納得させた俺は、一応、寝室のカーテンをゆっくり閉めた。

 もうリビングに行く暇は無いだろうし、ここで息を潜めるか。


 そうやって二人で息を潜めていると、玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた。

 当然、俺たちはそれを無視して、その場を動かない。


「居ないのー?」


 玄関の方からヘレナのそんな声が聞こえてきた。

 聞こえてきた声はヘレナの声だけだけど、多分……いや、確実にアリーシャもヘレナの隣に居る。

 居ない。居ないから、早くどっか行ってくれないかな。


「……どうした?」


 そう思っていると、リアが服をゆっくりと引っ張ってくるから、俺は小声でそう聞いた。


「……魔道具、使おうとしてる」


 魔道具? ……魔道具!? い、いや、物によっては持ち歩いてるのも別に不自然じゃないが、持ち歩いても不自然じゃない魔道具だったら、どう考えても攻撃系の魔道具だろ。……まさかとは思うけど、扉、壊す気じゃないだろうな。


「……なんの魔道具か分かるか?」

「……建物の中とかに、人がいるか居ないからが分かるやつだと思う」


 なんでそんなの持ち歩いてるんだよ!   

 いつも持ち歩いてるのか? それとも、今日が特別か? ……いや、そんなのは今はどうでもいいな。

 それより、どうするかだ。


「どうするの? ……やっぱり、私は正直に言った方がいいと思う」

「……分かるだけなんだろ? だったら寝てたとでも言えばいい」

「……うん。でも、別の魔道具も持ってきてるかも」


 別の魔道具? ……今度こそ攻撃系の魔道具か? ……まぁ、さっきは一瞬焦ったけど、よく考えたら、いくらヘレナでも、隣にアリーシャもいるんだし扉を破って入ってくるなんて真似はしてこないだろう。


「例えばどんな魔道具か分かるか?」

「……壁をすり抜けられるようになる魔道具、とか」


 ……は? いや、そんな魔道具、聞いたこともないんだが? 

 そもそも、そんな魔道具が存在していいのか? そんなのがあったら、泥棒も入り放題じゃないかよ。


「ほんとにそんな魔道具が存在するのか?」

「……公爵家、だから。色々な世に出回ってない魔道具も持ってる」


 そんな物を娘に持ってこさせるなよ!

 いや、まだそんな魔道具を持ってきていると確定した訳では無いけどさ。

 ……それに、もしもそんなものをヘレナかアリーシャが持ってきてるんだとしても、もうここは俺の家なんだし、無断で人の家に入るなんてことをするわけないか。ヘレナはともかくとして、アリーシャなら泊めてくれるはずだ。


 そう思って、リアと一緒に居留守を続けていると、玄関の扉がノックされることも無くなって、玄関の前にあった人の気配も無くなっていった。


「気配、あるか?」


 ただ、魔道具でこの家にいることはバレてるっぽいし、居留守を使われたのに、ヘレナがそんなに簡単に諦めてどこかに行くとは思えないから、リアに聞く方が確実だと思って、そう聞いた。


「……無い、けど、人が遠のいていった感じがしなかった」

「……誰かのスキルか、何かの魔道具で気配を消していると?」

「うん」


 そうか。そういう考え方もあるのか。……リア、味方だと心強すぎるな。

 ……ただ、このまま諦めてくれないと、どんどん時間が過ぎていって、寝てたっていう言い訳が通用しなくなるな。


「……風呂、入るか。……二人がどれだけ諦めないかは分からないが、寝てたっていう言い訳が通用しなくなる前に、出ていきたいしな」

「……一緒に?」

「……一人ずつだ」


 強さはともかくとして、見た目は可愛い美少女なんだから、そんなやつと一緒に風呂なんか入れるわけないだろ。


「……昨日、お互い、いっぱい見たのに?」

「……あれは酔ってたからだろ」


 それに、リアだって素面の状態だったら恥ずかしいだろうが。……さっきだって、恥ずかしそうにしてたし。


「それはどういうことかしら」

「説明、してもらいたいですね。……こんな居留守まで使った理由を」


 リアとベッドに隣同士に座っていると、突然寝室の扉が開いて、ヘレナとアリーシャがそう言いながら、部屋に入ってきた。

 いや、なんでいる? なんで、部屋の中に……魔道具か? さっきリアが言ってた魔道具か!? それ、マジで持ってきてたのかよ……


「……今、起きたところなんだよ」

「まさかそんな言い訳が本気で通用すると思ってるわけじゃないわよね?」

「えぇ、それに、今まで本当に眠っていたんだとして、この臭いはどう説明するのでしょうか?」


 二人は笑顔のまま、そう言ってくる。

 ……笑顔のはずなのに、全く目が笑っていない。


「り、リア、昨日、ちょっとした実験をしてたんだよな? それで、ちょっと部屋がこんな臭いになっちまったんだよな?」

「…………う、うん」


 嘘は言わないって話だったけど、リアも今の状況はかなり焦ってるのか、俺の隣で頷いてくれた。

 ……と言うか、リアでも気が付かないほど気配を消せる魔道具とか、ヤバいな。……もし、それを俺が奪う……もしくは貸してさえもらえれば、簡単に逃げられるんじゃないのか? ……リアには悪いと思うけど、こんな地雷の元で住める程、俺の心は強くないんだ。


「なんか、余計なこと考えてない?」

「居留守を使ったことは悪いと思ってんだよ。……今、この部屋こんな臭いだろ? 変な誤解をされるんじゃないかと思ってな」


 臭いに関して俺とリアは全く分からないけど、ヘレナとアリーシャはこの部屋に入った瞬間に気がついてたっぽいし、かなり臭うらしい。

 だったら、この言い分も通らないことはないんじゃないか?

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