俺は何もしてない

「お待たせ致しました」

「待たせたわね」


 屋敷の中から出てきた二人はそう言って、俺たちに近づいてきた。

 俺が思ってたよりも二人が早く出てきてくれて、俺としてはラッキーと思ってたんだけど、何故かノエリアはバツが悪そうに、俺の背中に隠れて二人に顔を見られないようにしていた。


「別に待ってない」

「……あんたが文句なんてものを言ってきたら、いくらあんたでも軽く引っぱたいてたわよ」


 何かは返さないと、と思ってそう言ったんだが、ヘレナは俺の事を軽く睨みながら、そう言ってきた。

 ……まぁ、そうだよな。さっき、また逃げようとしてたんだから、俺が遅いなんて文句を言ったら、引っぱたかれても文句は言えないよな。


「それより、リアは何故あなたの後ろに隠れているのでしょう」


 それは俺じゃなくて、ノエリア本人に聞いてくれ。

 俺もよく分かってないんだから。


「まさか、あんたがリアに何かしたんじゃないでしょうね?」

「何もしてねぇよ。仮に、何かしようとしたところで、俺はさっきノエリアに負けたんだ。何も出来ない」

「まぁ、そうよね」


 ヘレナは冗談といった感じで俺に言ってきてたから、直ぐに俺の言い分に納得してくれた。

 いくら俺の事を強いと勘違いしてるヘレナでも、Sランク冒険者に敵うとは思ってないみたいだしな。

 そもそも、さっき負けたんだし、当たり前だろうけど。


「リア、どうかしたんですか?」

「……こいつのせい」


 俺の後ろに隠れているノエリアにそう尋ねるアリーシャの言葉に耳を傾けていると、何かとんでもない言葉が聞こえてきた気がするんだが、気のせいだよな?

 今、こいつのせい、とかいう本当に訳の分からない言葉が聞こえてきたんだけど、そんな訳ないもんな? 俺、マジで何もしてないし。


「……どういうことかしら?」

「どういうことでしょうか」


 アリーシャとヘレナの二人が凄い責めるような目で俺の事を見てくるんだけど。

 いや、違う。マジでどうしてくれるんだよ、ノエリア。俺、何もしてないだろ。


「いや、俺は何もしてない。……ノエリア、タチの悪い冗談はやめような?」


 俺が言えたことでは無いかもしれないが、俺は後ろでヘレナとアリーシャに顔を隠しているノエリアに向かってそう言った。


「……それはこっちのセリフ」


 いや、俺がいつタチの悪い冗談なんて言ったんだよ。

 一応、さっき逃げようとしたことはジョークだと思って貰えなかったし、カウントされないはずだしな。


「俺は冗談なんて言ってないだろ」

「ッ、ほ、ほんとに、意味、分かんない」


 俺は思ったことを言っただけなんだが、何故かノエリアはそう言って、更にアリーシャとヘレナ……ついでに俺? からも顔を隠すように、後ろから俺に抱きついてきて、顔を俺の背中に押し付けてくる。

 ……いや、やめて? 普通にノエリアの身体スペック的に俺の体が痛いっていうのもあるし、単純にヘレナとアリーシャの視線も痛いんだけど。


「の、ノエリア? 離れてくれるか?」

「ふふ、私たちが目を離している間に、キスまでした私を差し置いて、他の女性を口説いているなんて……ふふふ」


 うん。ノエリア? ほんとに離れてくれるか? アリーシャが怖いんだけど? いや、マジで。なんならさっきのノエリアよりも怖いんだけど? 


「ず、ずるいわよリア! わ、私も、アリーシャみたいにキスもしたいし、リアみたいに抱きつきたいのに!」


 そう思っていると、今度はヘレナが顔を赤らめながら、泣きそうな顔でそんなことを言いだしていた。

 やばい。アリーシャとノエリアが変なことをするから、ヘレナがバグってきてる。

 ただでさえプライドが高くて、変なことで対抗意識を燃やすタイプなのに。頭までバグらせたら、何をするか分からないぞ。……まぁ、ヒロインとしてはそこがヘレナの可愛いところなんだとは思うけどな。……残念なことに俺はいつ自分が誘拐犯かバレないかとドキドキして、そんなことを考えてる余裕はないんだけどな。


「ノエリア、頼むから二人の誤解を解いてくれるか?」

「誤解じゃない」

「いや、俺が口説いたとかの話だよ。どう考えても誤解だろ」

「誤解じゃない」


 待て待て待て、誤解だろ!? それは誤解だろ!? ほら、アリーシャの目を見てみろよ。明らかに何かを含んだ目で俺を見てきてるんだが!? ……せめてもの救いは、アリーシャの俺を見ている視線が嫌悪とかでは無いことだが、何も良くない。


「の、ノエリア? 頼むから、誤解を解いてくれ」

「……誤解じゃない。……それと、リアって呼んで」

「あ、あのな、俺は口説いた覚えなんーー」


 口説いた覚えなんかない。

 そう言おうとしたんだが、その瞬間、ヘレナがノエリアとは逆の、前から抱きついてきた。

 

「へ、ヘレナ?」

「……ずるい、から。私も、もっとあんたに触れたいんだから!」


 ダメだ。もうヘレナは完全にバグってる。

 

「私も、よろしいでしょうか?」


 もう諦めて、ヘレナが正気に戻るのを待とうとしてたんだが、アリーシャが横からそう言ってきた。

 よろしいって、もしかして、アリーシャも俺に抱きつこうとか考えてる? ……仮に、仮にそうだとして、もう無理、だからな? 俺の体の面積的に、後ろと前から抱きつかれてるんだから、無理だろ。


「大丈夫よ」

「大丈夫」


 そう思っていると、二人は俺に抱きついたままそう言って、少しスペースを開けやがった。いや、俺のセリフじゃない? ……仮に俺のセリフだったなら、もちろん許可なんて出してないけどさ。

 そして、アリーシャはお礼を言いながら、その開いたスペースから俺に抱きついてきた。

 もう意味がわからん。

 意味がわからなくて、どう抵抗したらいいのかも分からないし、俺はもう嵐が過ぎ去るのをただただ待つことにした。


 ……今の状況って、傍から見たらいわゆるハーレムってやつになるんだろうけど、全然そんなんじゃないからな。

 後ろから抱きついてきてるノエリアは身体スペック的に普通に体が痛いし、ヘレナは二人のせいで今はおかしくなってるってだけだし、アリーシャに関してはもう正直何を考えてるのか分からない。

 うん。全然ハーレムじゃないな。しかも、今俺に抱きついてきてる内の二人は好きな人がいるらしいし。

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