昔から好きだったんだよ

「早速なんだけどさ、公爵様が俺にくれたっていう家に案内してくれないか?」


 アリーシャとヘレナの話が終わったと思って、俺は何事も無かったかのようにそう言った。

 もう、開き直ることにした。だって、Sランク冒険者のノエリアが帰ってきちゃってるんだもん! 無理だろ! マジで、希望ゼロ。さっきの千載一遇のチャンスを逃した時点で、もう終わりだ。

 だったらなるべく二人の機嫌を取って、最悪、俺が誘拐犯だってことがバレた時に、少しでも温情が掛けられることを祈ろう。


「まぁ、いいわよ。逃げたことは、まだ許さないけど」


 すると、ヘレナは不満そうな顔でそう言ってきた。

 その後ろで嬉しそうな顔をしながら、少し顔を赤らめてるアリーシャとは対照的に。

 ……やっぱりヘレナは俺が逃げたことを怒ってるのか。……アリーシャはなんか嬉しそうだけど、なんでだ? 俺とキスをしたからとか? ……いや、自分で考えてて、ありえなさ過ぎて気持ち悪いな。

 そもそもの話、アリーシャは好きな人がいるって言ってたんだから、表情を取り繕ってるだけかもしれない。


「ふふ、私もまだ許してはいませんが、リア、離して上げてください」


 アリーシャがニコニコしながらそう言ってくれたから、ノエリアはヘレナ同様、不満そうに俺の拘束を解いてくれた。

 ただ、やっぱりノエリアはまださっきのことを根に持ってるのか、睨むように俺の事をずっと見てきてる。……まぁ、また逃げないように、監視の意味もあるんだろうけどさ。

 安心してくれ。もう逃げないから。と言うか、逃げられないし。……ノエリアが近くにいる限りは、だけど。……さっきはバレた時の為に二人の機嫌を取って温情に期待しようと思ったけどよく考えたら、俺が誘拐犯だとバレた時に俺にどんな罰を与えるかを決めるのはどう考えても公爵だ。

 と言うことは、二人の機嫌をとっても、意味が無い。……いや、多少は意味があるかもしれないが、いくら女の人の尻に敷かれてる公爵でも、こういう時はちゃんと罰してくると思うし、公爵はもう一人いるんだ。そっちも同じ感じとは思えないな。


 問題はノエリアと別れて、逃げることに成功した時だ。

 まぁ、アリーシャがさっき言ってた他国にまで追ってくるっていうのが本当だとしても、俺は逃げるしかないんだけどな。だって、ここにいて、もしも本当のことがバレた場合、絶対に殺されるんだから、一生逃亡生活になるとしても、ここにいるよりはいいはずだ。


「また、逃げることを考えてる?」


 そう思ってると、ノエリアが突然俺の服を引っ張ってきて、わざとアリーシャとヘレナの二人にも聞こえるように聞いてきた。


「どういうことかしら?」

「どういうことでしょうか?」


 ノエリアのせいで、二人は同時にそう聞いてきた。

 明らかな圧を俺にかけてきながら。


「そ、そんな訳ないだろ? ノエリアの勘違いだ」

「リア、そうなの?」

「リア、そうなんですか?」

「えっ、う、うん。そう、かも」


 ふぅ、良かった。よく分からないが、ノエリアが頷いてくれたから、二人の誤解が解けたな。……誤解じゃないけど。

 流石Sランク冒険者だな。察しがいい。


「リア、私たちは準備をしてくるので、その人が逃げないように見張りをお願いします、ね?」

「う、うん。分かった」

「今度逃げようとしたら許さないからね!」


 ノエリアにそう言って、二人は準備? をするために、屋敷の中に入っていった。やっぱりいくら俺の事を強いと勘違いしてる二人でも、Sランク冒険者に勝てるとは思ってないんだな。……まぁ、実際かなりのハンデがあった状態で負けてるし、仕方ないか。

 そう思っていると、ノエリアがさっきみたいに俺の服をまた引っ張ってきた。


「……どうした?」


 一瞬敬語を使おうかとも迷ったけど、どうせ俺の敬語は下手だし、さっきノエリアって呼び捨てにしちゃってるから、普通にそう返した。


「私の名前、なんで知ってたの?」


 なんでって、アリーシャとかヘレナが名前を……言ってない、な。……やばい。普通に愛称でしか言ってなかった。

 いや、落ち着け。大丈夫だ。相手はSランク冒険者なんだぞ? 有名人なんだ。いい言い訳があるだろ。


「昔から好きだったんだよ」

「ッ、だ、だから、意味、分かんない」


 ? 意味は分かるだろ。

 Sランク冒険者なんだし、憧れられるのなんて慣れてるだろうし。

 我ながらいい言い訳が思いついてよかったな。

 俺が自分のことを自画自賛していると、ちょうど二人が屋敷から出てきた。さっきみたいに窓からじゃなく、普通に。

 随分早いな。前世で女の人の準備は時間がかかるって聞いてたから、かなり待つことを覚悟してたのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る