ただでさえバレたら終わりだったのに

「ま、まぁ、アリーシャもヘレナも落ち着こう。……ジョーク、だからな? ……取り敢えず、この人に俺の拘束を解くように言って欲しいんだけど」


 拘束を解かれたところで、逃げられないんだし、別に解いてくれていいと思うんだよ。

 普通に、怖いんだよ。この頬っぺたに手を置かれてるだけなのに、抵抗する気を失せさせる圧が。

 

「「……」」


 そう思って、そう言っただけなのに、二人の無言の視線が痛い。

 ……あれ、なんか物理的に頬っぺが痛くなって……いや、俺を捕まえてきてるSランク冒険者のこいつが俺の頬っぺをつねってきてるからだ。


「あ、あの、いひゃい……です」

「……」


 いや、せめて誰か喋ってくれない? 

 ……無言の時間に、ただ、俺は頬っぺをつねられている痛さと気まずさだけが残っていた。


「……タチの悪いジョークだったと思います。ごめんなさい」


 だから、そう言って謝ったんだけど、あくまでジョークで通し切ろうとする俺に冷たい視線が降り注がれてる気がする。

 いや、でも良く考えたら、これで俺に嫌悪感でも持ってくれたら、勝手に追い出してくれそうだし、むしろいいんじゃないか?


「ジョーク、ジョーク、ね。それで、私たちから逃げた理由は?」


 ……ジョーク、ですけど。


「ジョーク、だなんて言い訳が、本気で通用すると思っている訳ではないでしょう?」


 正直に言うと、思ってる訳ないだろ。

 でも、俺にはそう言うしか無いんだよ。他に上手い言い訳なんて思いつかないし。

 思いつかないからって、ホントのことを言う訳にもいかないし。……ホントのことなんて言ったら、俺は本当に終わりなんだから。


「それは……あれだ。その、逃げた訳じゃ、無いんだよ。ここは公爵の家な訳だろ? だから、流石に落ち着かないから、一旦、外に出ようとしただけで、逃げようとした訳じゃ無いんだよ」


 やばい。自分でも分かるほどに、言ってることがめちゃくちゃだ。

 外に出るだけなら、普通にそう言えばいいだけなんだから。


「……そうですか。リア、少し、その人の顔を上げてくださいますか?」

「分かった」


 アリーシャがSランク冒険者……いや、もう名前でいいや。俺が愛称で呼ぶのは流石にどうかと思うから、ちゃんと名前で呼ぼう。

 アリーシャがノエリアにそう言うと、ノエリアは直ぐに了承して、無理やり俺の顔を上に上げさせてきた。

 ……待って、痛いんだけど。そんな無理やりじゃなくてもいいだろ。もう少し、やり方あっただろ絶対。

 こいつ、さっき俺に騙されたこと、まだ根に持ってやがるな。


「えっ、ちょっと、アリーシャ?」


 そう考えていると、そんなヘレナの声が聞こえたと思った瞬間、俺は何故か、アリーシャに唇を重ねられていた。

 分かりやすく言うと、キスだ。俺はアリーシャにキスをされた。……うん。いや、どういうこと? 意味がわからないんだけど。好きな人いるって言ってなかったか? 俺にしちゃだめだろ。


「こ、これで、もしあなたがまた私たちから逃げたとして、他国にまで行ってしまったとしても、お父様に私の初めてを捧げたことを報告すれば、他国であろうと、逃げられません」


 そう思っていると、アリーシャは顔を赤らめながら、それを隠すようにして、そう言ってきた。

 いや、は? そんなことのために、キス、してきたのか? ……と言うか、初めて? え、俺に初めてのキスしたの? しかも、俺が他国に逃げても、追ってくる?


「あ、アリーシャ! ず、ずるい、わよ」

「わ、私は、また逃げないように、しただけです」


 何かアリーシャとヘレナが小声で言い合ってるけど、俺には聞こえない。いや、聞く気にならない。

 だって、もしも、俺が本当の誘拐犯だってことがバレてみろ。終わりだ。いや、終わるのは元からそうなんだけど、その誘拐犯が公爵令嬢の唇を奪ってるなんて知られてみろ。もっと終わりだ。


 まだ、唇に柔らかい感触が残ってる。

 その感触が、俺を現実逃避させてくれない。


「アリーシャみたいな可愛い子にキスされて、なんでそんな顔してる?」


 アリーシャとヘレナが何か小声で言い合ってるからか、ノエリアがそう聞いてきた。

 俺、そんな酷い顔してたか? ……まぁ、確かに、

普通なら、アリーシャみたいな美少女にキスをされて、喜ばないなんておかしいよな。……でも、俺は普通じゃないんだ。素直に喜べるはずがないだろ。


「確かに、アリーシャは可愛いとは思う。……でも、どっちかって言うと、俺はあんたにキスされた方が良かった」


 だってノエリアだったら、公爵家が抱えてるSランク冒険者とはいえ、結局は貴族の娘でもなんでもない平民だし。


「ッ、意味、分かんない。それ、本人に言ったら、殺すから」


 そう思いながらそう言ったんだけど、ノエリアはアリーシャが侮辱されたと思ったのか、顔を赤くしながら、そう言ってきた。

 ……俺ちゃんとアリーシャは可愛いと思うけど、的な話し方したよな? やっぱりキスされてるのに、こういうことを言うのは失礼だったのか? ……まぁ、アリーシャには聞こえてないっぽいし、ノエリアもアリーシャにわざわざこんなこと言わないと思うから、別にいいか。

 

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