まぁ、落ち着け。
俺の、勝ちだ。
これで今度こそ、さよならだ。
いくら公爵でも、公爵領を出て、別の国にまで移動されたら、追跡なんて不可能だろ。
「リア! 私たちは絶対大丈夫だから、その人を捕まえて!」
「私たちなら大丈夫です! ですから、その御方を絶対逃がさないでください!」
そう考えて、俺は勝ち誇りながら、前に走り出していたんだが、後ろから、アリーシャとヘレナのそんな声が聞こえてきた。
ただ、俺に焦りはなかった。
いくらアリーシャとヘレナが大丈夫と言おうと、実際には大丈夫とはいえ、目の前に脅威があるように見えてるんだ。
それを、なんの証拠もなしに大丈夫と言われたからって、公爵の娘達にもしものことがあったら大変だからな、あいつは絶対に俺の方には来ない。
そう鷹を括りながら、俺はチラッ、とだけ、後ろを振り向いた。
すると、ちょうど、さっき俺が逃げた時のように、アリーシャとヘレナの二人が窓から抜け出して、俺が出した炎の中に入っていくところが見えた。
は? 何やってるんだよ、あいつら。いや、実際にはあの炎は全く熱くないんだし、大丈夫ではあるんだが、今、それを知るのは俺だけのはずだ。
なのに、あいつら、平気な顔して俺が出した炎の中に入っていきやがった。
ちゃんと足を前に進みながらも、俺が唖然としていると、Sランク冒険者の少女が俺の方をじろり、と睨むように、振り返って来て、目が合った。
その瞬間、とてつもない嫌悪感に襲われた。
強さなんかは置いといて、見た目は確実に美少女だ。そいつに、見られてこの反応は、男としてどうかと思うが、仕方ないだろう。
あれは、やばい。確実に、怒ってる。
まんまと、しかもこんな簡単なことに騙されたんだ。怒らないはずがないってのは分かってたけど、俺は、逃げ切れるはずだったからさ。
頭の中でそんな言い訳をしながら、俺は走る速度を更に上げようとした。
正直、もう限界ではあるが、ここで限界を越えないと、俺は捕まる。
多分、あれ本気で怒ってるから、もう俺のスキルは通じないと見ていい。
だったら、もう、俺はこの足で逃げるしかないんだ! 今、超えなくてどうする! 限界を、越えろ!
そう考えて、全力……いや、それ以上の速度で走っていたはずなのに、気がついたら、俺は地面に伏せさせられていて、腕を片手で抑えられて、もう片方の手は俺の頬っぺたに綺麗に置かれていた。
ただ、頬っぺたに手を置かれているだけ。ただ、それだけなのに、俺の体は抵抗する気すら、起きなかった。
「……まぁ、落ち着け。軽い、ジョークなんだよ。……取り敢えず、離してくれるか?」
流石に、無理があるというのは分かってる。
それにそもそも、離してもらったところで、完全に警戒しているこいつから、こんな至近距離で逃げられるとは思えない。
だから、離してくれてもいいだろ。
「へー、ジョークだったんだ」
「ッ、あ、あぁ、そう、なんだよ」
そう言っても、俺を捕まえてきてるそいつは何も言ってくれなくて、代わりに、地に伏せられている俺のところまで来たヘレナがそう言ってきた。
「そう。あんたの冗談は随分と面白いのね」
「あ、はは……そう、だろ?」
もう俺は、下手な笑みを浮かべてそう言うことしか出来なかった。
相手はまだ強く成長した訳でもないただのヒロインなのに。
ヘレナは明らかに怒っているから、俺はもう、逃げるのを諦めて、アリーシャに助けを求めようとして、アリーシャに視線を向けたんだが、アリーシャの顔を見た瞬間、理解した。
あ、これアリーシャも怒ってるわ。ヘレナと違って、無言で怒ってるからこそ、ヘレナとは違った怖さがあるわ。
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