違和感

 公爵領から逃げるために窓から外に降りた俺は、そのまま走って逃げようと思ったんだが、アリーシャ……はヘレナと違って落ち着いてる方だと思うし、ともかくとして、ヘレナが声を荒らげていないのに違和感を覚えていた。

 それに、よく考えてみたら、俺は一度二人から逃げてるんだ。

 なのに、なんでなんの警戒もなしに、俺の近くに開いた窓があったんだ? それも、監視も無しに。

 もう、逃げないと思われていた? いや、会ったばかりの俺を信用なんて出来るわけない。

 だったら、別に逃げられても良かった、ってことか? 確かに、そうだよな。

 なんか、必死に逃げようとしてたけど、俺が逃げたところで、何も思わないか。一度逃げた時に俺を探してたのは、お礼を出来ないと立場的にまずいからで、お礼をした今はもうすきにしてくれって感じなんだろう。

 ……ヘレナ辺りはプライドから何かあると思ったけど、何も無いならないでいいや。さっさと逃げ……いや、追いかけて来てないんだから、逃げるは違うな。さっさとここから離れよう。


 そう思って、俺はさっきまでの緊張感を無くして、適当に走り出した。

 ……そう言えば、さっき……いや、もう昨日か。昨日、俺たち……というより、アリーシャとヘレナを出迎えてた騎士達は公爵家の護衛とかしてないんだな。

 まぁ、もう公爵家と関わることもないし、どうでもいいけど。


 いや、違う。違和感が消えない。

 なんだ、この感じ。……特に殺気を感じる訳でも、人の気配を近くに感じる訳でもない。

 なのに、俺の勘が、本能が、今すぐここから全力でアリーシャ達の元へ戻れと訴えかけてきてる気がする。

 

「違う。大丈夫だ。このまま、逃げたらいい」


 ただ、俺はその違和感を無視して、そんな独り言を言いながら、全力で公爵家から離れるために走り出した。

 その瞬間、なんとなく、本当に、何かを感じた訳でもないのに、なんとなく、俺は体を横に逸らして、足を止めた。

 すると、あのまま全力で前に走っていたのなら、確実に俺を捕まえていたであろう小さな手が見えた。


「あ、外した」

 

 少し予想外と言った感じにそんなことを呟く俺と同じく黒髪の少女。

 誰だ……なんて、現実逃避をしている暇は無い。

 公爵家が抱えている、Sランク冒険者だ。

 こんな少女がSランク冒険者だなんて、普通は思わないし、信じられないだろう。ただ、この世界はあくまで物語の世界だ。

 創作物によくある設定だろう。見た目美少女がめちゃくちゃ強い、なんて設定。


「ちゃんと、強いんだね」


 嵌められた。帰ってきてたのかよ。

 道理で護衛なんか居ないはずだ。こいつ一人いれば十分だもんなクソが。

 ……いや、落ち着け。冷静になろう。

 普通にやり合ったなら、確実に負けることはわかってる。ただ、相手は俺を殺せないはずだし、俺の目的はこいつを倒すことではなく、逃げることだ。

 それに、あいつは完全に俺を舐めてる。

 いける。俺のスキルなら、十分勝機はある。


 そう思った俺は覚悟を決めて、まずはいつも通り、相手の後ろにしか回れないスキルで相手の後ろに回った……瞬間、俺の目では到底追えない速度でまた、小さな手が俺を捕まえようとしてくるけど、そんなことは予測済みだ。

 本来なら、一定以上実力がある相手にこのスキルは絶対に使わない。普通に殺されるからだ。

 ただ、その相手が俺を殺そうとしている訳では無く、油断しているのなら、話は別だ。

 どれだけ早かろうが、動きを予想していれば、手なら避けられる。


「予測? 凄いね」


 そいつの、俺を捕まえて来ようとする手を避けた俺は、そのまま前に向かってまた、全力で走りだした。

 ただ、これだけじゃダメだ。まだ、逃げられない。

 だから、俺は走りながら、後ろに向かって手の平を向けた。

 そして、その手の平から、それこそ、何もしなければ、アリーシャとヘレナがいる屋敷にも届くような勢いの炎を出した。


「ッ、お前っ」


 Sランク冒険者ってのは化け物ばかりだ。

 それこそ、本物の炎をその身で受けようが、一切熱さなんて感じないほどの化け物だ。

 だからこそ、気が付かない。その炎が、ただの見せかけで、実際には触れても全く問題ないほどの温度しかないことを。

 俺を捕まえてる暇なんてないよな? 二人に、危害が及ぶ可能性があるんだからな?

 かなり悪役みたいなやり方ではあるが、実際俺は即殺モブの一応、悪役だ。こんなやり方でも、俺の、勝ちだ。

 

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