今しかない

「そうか」

 

 絶対に、誰がなんと言おうと、俺のせいでは無いんだけど、本来結ばれるはずだった主人公くんが可哀想に思えてきて、そんな素っ気ない返事になってしまった。

 

「あ、あんたから聞いてきたのに、なんでそんな反応なのよ!」


 ……そんな理不尽な。

 確かに、適当な返事になってしまったことは否定しないけど、むしろどういう反応をしたら良かったんだよ。

 残念そうなリアクションでもしたら良かったのか? ……いや、そんな反応したら、俺がアリーシャとヘレナを狙ってるみたいで、気持ち悪いだろ。

 

「むしろどういう反応をしたら良かったんだよ」


 どれだけ考えても分からなかったから、俺は正直にそう聞いてみることにした。

 

「そ、それは、その、あれよ……もうちょっと、何か、あるでしょ」

「何かってなんだよ」


 そう言うと、何も言い返せなくなったのか、ヘレナは黙って俺に不満そうな視線を向けてきた。

 いや、そんな目で見られてもな。何かなんて言われても、分かるわけないだろ。


「アリーシャからも何か……」


 アリーシャからも何か言ってくれ。

 そう言おうとして、アリーシャの方を見て気がついた。何故か、アリーシャも俺の事を不満そうな目で見つめていることに。

 ……いや、なんでだよ。ヘレナはともかくとして、アリーシャは今の俺の返答のどこに不満な要素があるんだよ。


「……朝食も食べ終わったし、俺はそろそろ帰ろうかな」


 全く悪いことなんてしてない……ことも無いけど、少なくとも、い、今は悪いことなんてしてないのに、こんな理不尽な目にあってることに納得がいかないけど、このままこの話を続けてても俺に得があるとは思えない……どころか、デメリットの方が大きいと思うから、俺はかなりいきなりではあるけど、そう言って話を変えた。

 この家から出られれば、俺はさっさと逃げられるんだ。

 多分……いや、確実に、さっき俺を殺しに来たやつは公爵家の人達に回収されてるだろうし、さっさと逃げないと、今度こそ、俺が誘拐犯だってことがバレるかもしれない。


 一応、俺のスキルで気絶させてるから、殺されない限りは口を聞くことすら出来ないけど、どうせまた、組織に口封じの為に殺されるはずだ。

 公爵家側側の人達だって、大事な情報源を今度こそ殺されないようにしてるだろうけど、一度、まんまと公爵家に侵入されたっていう失態があるんだ。

 言っちゃ悪いが、あんまり信用出来ない。

 あの時、俺が誘拐犯に仕立てあげた奴が口封じの為に殺された時、公爵家の人間に聞かれなかったのは、正直ラッキーなだけだ。

 今度もそうとは限らない。だから、早く逃げる限る。


「……わ、私が特別に、案内、してあげるわよ」

「私も一緒に、案内致しますね」

 

 ……案内? どこにだよ。

 帰ろうかなとは言ったが、それは逃げる為に一人になる為の言い訳だぞ? そもそも、俺に帰る場所なんて無いし。


「何不思議そうな顔してんのよ! さっき、ヴェイス様に貰ってたじゃない」


 ヴェイス……ってのは、確かアリーシャの父親……あっ、そうだ。貰ったんだった。家。

 

「あー、そうだったな。そこに帰るから、じゃあな」

「まだ場所がどこかも大まかにしか説明していないのに、分かるはずがありませんよね? どこに、行く気ですか?」


 そう言って、アリーシャは俺を問いつめてくる。

 ……やばい。俺が誘拐犯だってことがバレる前に早く逃げたいっていう欲が強すぎて、適当なことを言ってしまった。

 このままじゃ逃げられ……あれ? 俺の周り、アリーシャとヘレナしか居なくないか? ……扉の向こうに多分、メイドが一人いる気配があるけど、メイドだったら気にしなくてもいいはずだし、逃げられるのか? 

 それに、俺の寝かされていたベッドの近くには、窓があって、今、それは開いている。

 今しかない。二人に護衛がついてない状況なんて、今しか絶対にありえないと思うし、俺は一度、二人から逃げてるんだ。護衛と称した監視を置かれる可能性もあるし、多分これが、最後のチャンスだ。逃げよう。今すぐに。


 そう考えた俺は、直ぐに今のアリーシャとヘレナでは反応できないほどの速度で、窓から外に逃げた。

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