こんなことでノエリアが油断してくれるなら

 もう本当に意味がわからないけど、俺に抱きついていた三人は満足? ……いや、違うな。やっと正気に戻って、俺から離れてくれた。

 

「な、何ぼさっとしてるのよ! あ、あんたの家に行くんでしょ!? ほ、ほら、さっさと行くわよ」


 さっきまでしていたことの恥ずかしさを理解したのか、ヘレナは耳の先まで真っ赤にしながら、そう言ってきた。

 俺はせっかく過ぎ去った嵐に戻ってきて欲しいと思うイカれた思考は持ち合わせていないから、何も言わずにヘレナの言葉に頷いた。


「あ、アリーシャ、馬車は用意してあるんでしょ?」


 そして、ヘレナは更に恥ずかしさを誤魔化す為か、俺から顔を逸らしながら、アリーシャの方を向いてそう聞いていた。

 ……馬車ってことは、御者が居るはずだよな? ……一応恩人ってことになってる俺に御者をさせるとは思えないし、まさか今の今までずっとその御者の人を待たせてたのか? 

 アリーシャとヘレナは貴族だし、ノエリアは公爵家に抱えられてるSランク冒険者だ。だから、そういうのも気にしないんだろうが、少なくとも俺はめちゃくちゃ気にするぞ? 普通に申し訳ないと思うんだが。

 だって俺、組織にいた時も下っ端だったし、人をそうやって待たせることとか、慣れてないんだよ。……そういえば俺、結構な依頼こなしてたよな? なんで下っ端だったんだ? ……いや、もうあの組織は抜けたんだし、別にいいけど。


「はい、もちろん用意してありますよ」

「……御者は、私?」


 俺が組織にいた頃のことを不思議に思っていると、アリーシャはヘレナの言葉に頷いて、馬車を用意してあると言っていた。

 そんなアリーシャの言葉を聞いたノエリアは、何故か不安そうに、アリーシャにそう聞いていた。

 そうか。ノエリアが御者って可能性もあったのか。

 公爵家に抱えられてるSランク冒険者なんだし、ただの冒険者だった頃に出来なかったんだとしても、教えられてる可能性が高いしな。

 

 俺としてもノエリアが御者なら、さっき想像した俺たち……と言うか、主に三人のせいで待たせてしまっている御者の人に悪いと思う必要が無いから、ありがたいんだけど、なんでノエリアはあんな顔してるんだ? 御者、苦手なのか? 

 

「御者は用意してあります。リアは私たちの大事な人がまた逃げ出さないように、近くで見張っていてください」

「う、うんっ。分かった」


 ……いや、なんで俺を見張る事がそんなに嬉しそうなんだよ。

 やっぱりさっきのこと、まだ怒ってるのか? もしかして俺がまた逃げ出そうとしたら、今度こそ殺せるとか思ってる? ……よし、次逃げる時は、絶対ノエリアが近くにいない時にしよう。


「それでは、御者の人も待たせていますし、そろそろ参りましょうか」


 御者を待たせてるのは俺以外の三人のせいだと思うけどな? 特にノエリア。ノエリアが最初に誤解を生むような冗談を言ったから。


「分かった。……それと、ノエリア。一応言っとくんだが、俺はもう、逃げる気とか無いからな」


 嘘だ。本当は隙あらば逃げる気しかない。

 ただ、いきなり信じてもらうことは無理でも、こう言って少しでも、ノエリアの警戒を解いておきたかった。

 まぁ、どうせ夜にはみんな帰るだろうから、その時に逃げればいいだけなんだけどな。

 俺を狙ってきたあいつが公爵家側にいる以上、俺は一刻も早く、手遅れになる前にここから逃げないといけないんだから。

 

「違う」

「は? い、いや、嘘じゃないぞ? ほんとに、俺はもう逃げる気なんてないからな?」

「名前。リアって呼んでって言った」


 ……確かに、そんなこと言われてたような気がしなくもないけど、紛らわしいわ! このタイミングで「違う」の一言なんて、紛らわしいにも程があるだろ。


「あー、分かった分かった。さっさと馬車に行こう、リア」

「うん」


 よく分からんけど、こんなことでノエリアが満足して、油断してくれるのならお易い御用だ。

 変に警戒されて、夜もノエリアに見張られるなんてことになったら、絶対に逃げられないしな。

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