遠慮なんかしてねぇ!

 家って……マジで要らん。

 いや、帰る家はもちろん欲しいとは思うよ? でも、公爵様から貰う家なんて、絶対バカみたいにデカいじゃん。……無理だって。そんな家住めないって。管理なんてできる気がしないし。

 

 ……いや、落ち着け。

 まだだ。まだ、そんなに大きい家をくれるなんて決まったわけじゃないだろ。

 いくら公爵様だって、全くの他人にそんなデカい家を上げるはずないだろ。

 

「……ありがとう、ございます。……ちなみになんですけど、場所は何処……でしょうか?」

 

 俺は引きった笑みを浮かべながら、そう聞いた。

 さっきの話を聞いた限り、断るなんてことは出来そうにないし、流石に、そんなにデカい家なわけないから、もう受け入れることにした。

 それに、この公爵様との話が終わったら、直ぐに逃げるんだ。

 だから、その家に住む気はないし、時期を見て売り払ったらいい。どうせ、直ぐに俺の事なんて忘れてくれるはずだ。

 わざわざ俺に上げた家の様子なんて、見に来たりしないだろ。


「ちょうど私とフェレスの屋敷の中央に位置する所にありますよ」


 ……ん? フェレスっていうのは、ヘレナの父親。それは、分かる。

 ただ、二人の屋敷の真ん中にある? ……いや、それは、大丈夫なのか? ……どこの誰かも分からない俺なんかに、そんな場所の家を上げても。……いや、この人がくれるって言ってるんだから、大丈夫なんだろうけど、俺が嫌なんだけど。

 そんなに近かったら、なにかの気まぐれで俺の様子を見に来るかもしれないし、中々俺の事を忘れてくれなさそうだし。


「……これだけで十分……ですよ。申し訳ない、ですし」


 そもそも、そんなに近かったら、絶対その家を売ったりしたらバレるし、俺のことも忘れてくれないだろうから、そう言った。

 向こうの立場があるっていうのは、分かる。分かった。でも、ほんとに、この金だけで十分だから、許してください。


「遠慮なんてしなくても、大丈夫ですよ。あなたは二人を助けてくれた、私にとっても恩人なんですから」


 遠慮なんてしてねぇよ! そもそも、俺は誘拐犯だから、恩人ですらねぇ! ……なんて、言えるわけもなく、俺は曖昧に頷くことしか出来なかった。


「それでは、私は仕事がありますので、申し訳ありませんが、失礼させていただきます。また、話しましょう」

「えっ、あっ……」


 俺が何かを言おうとする前に、公爵様は部屋を出ていってしまった。……仕事があるっていうのは分かる。でも、もうちょっと、俺の話を聞いてくれてもいいじゃん。


「あ、遊びに行ってあげるから」

「その時は私も、御一緒させてもらいますね」


 そう思いながら、軽い放心状態に陥っていると、ヘレナが横から俺の事をつんつんとしてきて、ヘレナは顔を赤らめながら、アリーシャはいつも通りの感じで、そう言ってきた。

 ……何を言ってるんだろうか、このヒロイン達は。

 

「……この前誘拐されかけたばかりだろ? 危ないから、来なくていいよ」


 絶対に来て欲しくない。

 だって正直、家を貰ったとしても、逃げてしまえば、別にいいんじゃないか? って思ってたところなんだ。

 なのに、この二人が遊びになんて来たら、ヘレナは無駄なプライドから、逃げた俺を探させようとするだろうし、アリーシャは……なんとなく、ヘレナに協力して、俺を探させるかもしれない。

 そんなのは嫌だから、俺はなるべく優しく、そう言った。


「大丈夫よ、あんたがいるんだから」

「……来る途中は、居ないだろ?」


 仮に、俺がいたとしても、危ないことには変わりはないんだが、俺の事を強いと思ってる二人には何を言っても無駄だろうし、俺はそう言った。

 

「それくらいの時間、大丈夫よ」


 ……なんでそんなに危機感がないんだよ。……いや、誘拐犯を目の前にこうやってくっついて喋ってる時点で、危機感なんてあるわけないと思うけどさ。

 

「アリーシャ、言ってやってくれ」


 もう俺は諦めて、アリーシャを頼ることにした。

 アリーシャはヘレナと違って、危機感を持ってくれてるはずだしな。

 

「油断さえしていなければ、ヘレナの言う通り、そのくらいの時間、大丈夫ですよ。それに、もし私たちで対抗できない相手であっても、あなたのところまで行けば、大丈夫でしょう?」


 だから、大丈夫じゃねぇよ。……そもそもの話、俺がいつもその家にいること前提で話をしてないか? そんなわけないからな? 俺だって、暇人では……ない、ことも無いな。働いてないし。


「……来る時は、先触れでもよこしてくれ。そうしたら、迎えに行くから」


 なんかもう、俺が何を言っても、この二人は俺の家に来る気がするから、俺はそう言った。

 ……先触れが来たら、隠れればいいしな。

 家主がいない家になんて、流石にこの二人でも、来ないと思うしな。

 

「へ、あ、はい、わ、分かりました」

「……へ、あ、わ、分かったわよ」


 そう思って、諦めながら俺がそう言うと、何故か二人は顔を赤らめながら、頷いてきた。

 ……ヘレナの方は、なんか、よく顔を赤くしてるし、まぁいいとして、アリーシャがこんな顔になるのは珍しいな。

 

 そんなアリーシャとヘレナのことをなんとなく、見つめていると、改めて思ったけど、やっぱり、ヒロインってことだけあって、可愛いよな。

 ……まぁ、どれだけ可愛くても、俺には関係ないな。俺は誘拐犯だし、一緒にいたら、絶対にいつかバレる。

 それに、別に好かれてる訳でもないと思うしな。


「あ、そ、そういえばだけど! あ、あんたの名前、まだ、教えてくれないの?」


 え、急だな。

 ……んー、あれなんだよ。教えない訳じゃないんだよ。名前が無いから、教えられないんだよ。

 ……ただ、そんなこと、正直には言えないよな。……名前が無い人間なんて、明らかにおかしいし。


「……まだ秘密」

「……まだってことは、いつか、教えてくれるんですか?」

「気が向いたら?」

「そんなに、私たちには、教えたくないの?」


 名前なんて、簡単には思いつかないし、俺が適当なことを言うと、二人は悲しそうな顔をして、ヘレナがそう聞いてきた。

 ……そういう訳じゃない。だから、そんな顔するなよ。……俺の名前なんて、知らなくたって、別に、困らないだろうに。

 

「……教えたくない訳じゃない。……あれだ、呪いのせいで、名前だけ、思い出せないんだよ」


 だめだ。二人のあんな顔を見てたら、そんなことを言ってしまった。

 なんだよ、名前だけ思い出せない呪いって。……そんなの、誰が信じるんだよ。……いや、いきなりこんな即殺モブに転生なんてさせられたんだし、呪いっていうのも大方間違っては無いのかもな。

 

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