そのまさかなんだよ
「……お邪魔します?」
一度、アリーシャを誘拐する為に入ったことがある家ではあるが、あの時は俺が即殺モブだってことを思い出す前だったし、さっさとバレないうちに誘拐しようって思って、直ぐにこの家を出たから、なんとも思わなかった……というより、思う暇は無かったんだが、今は違う。
バレるかもしれないという恐怖はあるけど、あの時よりは余裕がある。
だから、今更だが、こんな大きな家に入るってことに緊張して、小声でそんなことを言ってしまった。
その瞬間、俺は恥ずかしくなってきたんだが、特に、誰かに触れられることは無かった。
聞こえてなかったのか? ……いや、クローリスはともかくとして、ヘレナとアリーシャには聞こえないはずない距離だと思うし、俺に気を使って、触れないでいてくれてるのか?
「旦那様、お嬢様お二人と、お客様をお連れ致しました」
俺がそう思っていると、公爵様が待ってるであろう部屋に着いたみたいで、クローリスが扉をノックして、そう言っていた。
「入れ」
すると、中からそんな声が聞こえてきた。
……思ったんだが、会うのってアリーシャの父親だけでいいのか? ヘレナの父親だって、礼を言いたいとか思ってそうなもんだけど。……まぁ、そんなこと言われてないし、アリーシャの父親とさっさと何かを話して、この街から離れよう。
……何話すのか知らんけど。
「……よく、来てくれましたね。公式の場では無いのだから、楽にして欲しい……と言おうと思っていたのですが、娘と、手を繋いで入って来ていいなどと、許可を出した覚えは無いですよ?」
そんなことを思いながら、クローリスに扉を開けてもらい、部屋に入ると、アリーシャの父親……ヴェイス・バザルトが俺に圧をかけながら、そう言ってきた。
その瞬間、俺は直ぐに繋いでいた二人の手を離した。
「申し訳ない……です。知らなかったもので」
俺は二人とクローリスに向かって恨みがマシい目を公爵様にバレないように向けながら、そう言った。
「知らなかった、とは? まさか、手を繋ぎながら私の元にやってくるのが礼儀だとでも思ったのですか?」
……この人は多分、そんなことはありえない。そう思って、嫌味を言ってきてるんだと思う。
でも、それが事実なんだよ! まさか俺がそんなに馬鹿だとは思わないだろう? そのまさかなんだよ。
だって二人が! ついでにクローリスも教えてくれなかったんだもん!
「お父様、私が自ら、この人と手を繋いでここに来ることを望んたんです。それに、そうじゃなかったとしても、私たちを助けてくれた恩人なんですよ? いくらお父様でも、その態度はどうかと思いますが」
そう思っていると、アリーシャは怒気を孕んだ声で、父親に向かってそう言ってくれていた。
……いや、今こんな状況になってるのは、教えてくれなかったアリーシャのせいでもあるからな?
「い、いや、知らなかった俺が悪いからさ」
アリーシャとヘレナ、それにクローリス、ついでにあの公爵家部下の男が教えてくれなかったのが悪いと思う。
でも、結局は多分だけど、こんな一般常識を知らなかった俺も悪いと思うんだ。
だから、俺はそう言った。……なんか、俺のせいなのに、娘に怒られる? 感じになっちゃってて、公爵様が可哀想に見えてきたし。
「……そう、だね。今日はお礼の為に来てもらったんだから。ぜひ、座ってください」
「えっと、失礼……します」
俺はそう促されて、公爵様の対面にあったソファに座った。
……ヘレナとアリーシャと一緒に。
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