エスコート?
馬車が止まった。……止まってしまった。
だ、大丈夫だ。まだ、公爵家に着いたって決まったわけじゃない。
そう思って、俺は外を見ようとしたんだが、その瞬間、馬車の扉がノックされた。
「公爵家に着きましたが、よろしいでしょうか」
「えぇ、大丈夫よ」
「大丈夫ですよ」
「え、いや、大丈夫じゃ……」
すると、公爵家部下の男のそんな声が聞こえてきた。
そして、俺が全然大丈夫じゃないことを伝える前に、ヘレナとアリーシャが許可を出してしまったから、扉が開いてしまった。
いや、別に今更あの公爵家部下の男に二人にくっつかれてるのを見られようが、別にいいんだけど、もう、ここは公爵家の敷地内なんだ。
あの男以外に人がいてもおかしくない。……だから、断りたかったのに。
「…………ご到着になりましたので」
……明らかにこの状況に触れないようにしている公爵家部下の男は扉を開くなり、そう言ってきた。
そして、馬車の中からでも分かるが、今度こそ外の様子を見てみると、騎士とメイドの何人かが出迎えをしようとしているのが見えた。
やっぱり、このまま出ていったらまずいだろ、これ。
「このままだと、馬車から出にくいだろ。一旦、離れてくれないか?」
ただ、普通に言っても、もう離れてくれないのは分かってる。
だから、俺はそう言った。
確かに、入る時はこうやって、二人にくっつかれて、逃げられないようにされながら、馬車に入れられたけど、あの時だって、割と窮屈だったんだ。
こんな大勢の前で公爵家の娘二人がそんな窮屈そうな感じで馬車を出てきたら、何かしらは思われるだろ。
ヘレナは感情的ではあるが、別に馬鹿な訳では無い。……少なくとも俺よりは。
だから、俺の言いたいことくらい、気がついてくれるはずだし、アリーシャに関しては言わずもがなだ。
すると、アリーシャは扉を開けてくれた公爵家部下の男に何やら視線を向けだした。
……なんだ? よく分からないが、早く離れて欲しいんだが。
「……こういう時は、男性が先に降り、男性が女性をエスコートするもの、ですよ」
そして、突然男はそう言ってきた。
いや、出来るわけないだろ? 知らないとは思うが、俺は裏の組織にいたんだよ。そんなの、知るわけ……知る機会はあったのかもしれないけど、少なくとも俺は知らないし、できない。
「ただ、御二方に手を出すだけで大丈夫ですから」
「し、しょうがない、わね」
「お願いしますね」
離れてくれた。
離れてくれはしたけど、マジ、かよ。……これ、ホントにしなきゃダメなのかよ。
そんなことを考えながらも、俺は馬車を一人で降りた。
「このままでは、御二方に恥をかかせることになってしまいますよ」
俺が何か、この状況を回避出来ないものかと考えていると、男は俺の耳元でこっそりとそう言ってきた。
そのせいで、俺は急かされて、手を出してしまった。
そして、その瞬間、思った。
これが、本当にエスコートってやつなのかは知らない。
でも、こんなに大勢に、こんな場面を見られたら、まずいんじゃないのか?
一瞬だけ、そう思った。
でも、よく考えたら、前世の創作物とかでもそういうのはあったし、ただのマナーなんだと思う。
焦って損したな。
嫌だけど、このまま、さっさと公爵家に向かおう。
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