やっぱり俺って馬鹿だわ

 ヘレナとアリーシャに抱きしめ……いや、捕まえられながら、俺は渋々、馬車の中に入った。

 

「もう、これで本当に逃げられない……ですから、離れてくれ……さい」

「嫌よ。あの時は、あんたのお世辞に乗せられて、離しちゃったけど、もう、絶対離さないんだから! に、逃げられないように!」

「あなたはお強いようですから、どんな手段で逃げるかなんて、私たちには想像もつきませんしね? 私もこのままで居させてもらいますね」


 だから、逃げられないんだって! もう、この馬車に入ってしまった時点で。

 それに、俺は強くなんかない。

 あくまで、初めて相対する相手なら、有利に出られるというだけで、二回目以降は基本対策されるし、そもそも実力が高い人間相手には通じない。

 そんなやつが、強いわけが無いだろう。


「それと! あんたが逃げる前も何度も言ったけど、その下手な敬語なんて使わなくていいって言ってるでしょ」


 ……まぁ、確かに、ほぼ意味無いもんな。……敬語になってないし。

 でも、敬語を外すのはなぁ……下手に距離を縮めたくも無いし……ん? 距離を、縮めたく無い。……距離、あるか? ……いや、ヘレナの方は、プライド的に俺に逃げられたのが気に入らなくて、もう逃げられないように、捕まえてるだけだと思うけど、アリーシャはなんだ?

 ……ダメだ。考えても分からないし、これは一旦置いておこう。

 それより、物理的な距離はともかく、心の距離はあるはずだ。

 今、敬語を外したら、それが縮まってしまう。

 それはダメだ。……だって、俺が本当の誘拐犯だとバレないように適当に話をしたら、直ぐに公爵家から出て、今度こそ、俺は逃げるつもりなんだから、心の距離を縮める訳にはいかない。

 そもそも、そういうのは主人公としてくれ。俺は関係ない。


「……やっぱり、私たちが公爵家の娘だってこと、気にしてるの?」


 そう考えていると、ヘレナは途端に不安そうな表情を浮かべて、そう聞いてきた。

 ……いや、それ自体は本当にどうでもいい。

 というか、なんでそんな不安そうな表情を浮かべてるんだよ。

 仮に、俺が気にするって言ったとしても、ヘレナにとってはどうでもいいことだろ。

 ……プライドは傷つけられるかもしれないけど。


「はぁ。分かった。これでいいか?」


 絶対、どれだけ下手な敬語でも、外さない方がいい。

 そう思ってたはずなのに、気がつけば、俺は敬語を外して、ヘレナにそう聞いていた。

 はぁ、やっぱり俺って馬鹿だわ。


「う、うんっ。……じゃなくて! そ、それでいいのよ!」

「私にも、敬語は外してくれるってことですか?」


 ヘレナは顔を赤らめながら、そう言ってきた。

 そして、それに続いて、アリーシャがそう聞いてきた。

 ……ヘレナにだけ敬語を外して、アリーシャはそのままだったら、不快に思う、よな。……仕方ない、か。


「分かった。アリーシャにも普通に喋る」

「良かったです。……えぇ、それは良かったのですが、まだ、何故私たちからお逃げになったのか、理由を聞いていませんでしたよね?」


 え、いや、それ、まだ引きづってたの?

 と言うか、アリーシャがそんなことを聞くから、せっかく、緩んできてたヘレナの俺を捕まえてくる力が、また強くなってきたんだが!?

 

「……まぁ、いいです。……ただ、次にもしも、またこんなことがあれば、もう、私としても手段を選びませんから、ね」


 ……だから、怖いんだよ。

 ヒロインが醸し出していい雰囲気じゃないんだよ。


「に、逃げるわけない、だろ?」

「私も、次は、許さないから」


 ……次逃げる時は、絶対、逃げ切れるって確信した時にしよう。

 俺がそう考えると、心做しかアリーシャとヘレナの俺を捕まえる力がまた強くなった気がしたが、俺の決意は変わらなかった。

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