あ、やばい

「あなたが捕らえてくれた誘拐犯ですが、まんまと口封じに殺されてしまいました」


 俺が内心で絶望していると、そう言って、公爵家の人達は、一斉に俺に向かって、頭を下げてきた。


「……は?」


 ……は? いや、待て、なんて言った? 死んだ? あいつが? 誰が殺った? 拷問官じゃないよな? え? もしかして本当は、俺が誘拐犯だってバレてる? だから、さっきあの公爵家部下の人から、とてつもない圧を掛けてきてたのか?


 い、いや、落ち着け、俺。口封じに殺されたって言ってただろ。大丈夫だ。

 公爵家の人達には、あいつは何も喋れなかったはずだ。

 ……ただ、口封じに殺しに来た奴には、あいつの言葉を聞かれてる可能性があるな。……俺のスキルで眠っていた影響で、死ぬ間際にしか喋れないんだ。

 多分、簡潔に俺が裏切ったことは伝えられてると見ていいだろうな。


 ……ん? と言うか、見張り、とかも当然いるはずだよな。……見張りにそれが聞かれてて、やっぱり俺が本当の誘拐犯だってバレてる可能性はないか!? 

 どうする? もう、無理やりにでも逃げるか? ここで捕まれば、絶対逃げられないし、なら、せめて、公爵家に追われることになるとしても、逃げるしかない。


「当然、見張りは付けていたのですが、誘拐犯と同じく、殺されていまして……本当に、申し訳ございません。せっかく、あなたのおかげで何か依頼人のヒントを得られるかもしれなかったのに……」


 俺がそう決意を固めかけた瞬間、公爵家部下の男はそう言って、改めて頭を下げてきた。


「い、いえ、大丈夫だ、ですよ」


 なんだ。死んでるのか。

 だったら、組織に俺が裏切ったことがバレたこと以外は全然大丈夫だな。

 ……どうせ、それも時間の問題だったろうし。

 

「ありがとうございます」


 内心安堵しながら、それを悟られないように、大丈夫だと言った俺に、公爵家の人間達は改めて、そう言って俺に頭を下げてきた。

 ……こんなに頭を下げられると、なんか、申し訳ない気分になってくるな。

 だって、俺のスキルの影響であいつが生きてたとしても、もう起きることは無かったし、情報なんて抜けなかったんだ。

 だから、その事で礼を言われると本当に申し訳ない気分になってくる。

 

「それでは、無事許しも貰えたことですし、公爵家に来ていただけますね?」


 ……あっ、そうか。もし、俺があそこでブチ切れてでもいたら、そんな公爵家になんか行けるか! って逃げることが出来たのかもしれないのか。

 公爵家の印象は悪くなるだろうが、娘を助けたっていう事実がある限り、それくらいの事だったら、追われることも無いだろうし、平和に終わってた可能性もあったのか。

 ……今からでも、切れたら遅くない……訳ないよな。……なんで、さっきこの考えを思いつかなかったんだ俺は。


 行きたくねぇ……行きたくねぇよ。……なんか、言い訳、言い訳ないかな。

 ……そういえば、おっさん、遅いな。


「お、俺、ここで働くことになったんだ……ですよ。だから、無断で行くのはちょっと……ここのおっさんもなかなか帰ってこないし、今日は無理、ですね」


 そう思った俺は、直ぐにそう言った。

 ただの時間稼ぎにしかならないけど、その間にまた、逃げられるチャンスが来るかもしれないし、一応、ここで働くことになったのは本当だし、無断でどっかに行くのはおっさんに悪いしな。


「あぁ、それなら大丈夫ですよ。ここの店主さんが、あなたの場所を教えてくれたんですから」


 ……は? いや、嘘でしょ? おれ、あのおっさんに裏切られたのか? ……いや、たった一日……どころか、数分の中ではあるけど、俺、結構あのおっさんのこと信用してたんだぞ? 

 え、これ俺が馬鹿なの? いや、それは知ってるけど、あのおっさんが裏切るとは思わないじゃん。

 ……こんなことなら、あんなおっさんに義理立てなんかしないで、あのままバックれて逃げてたら良かったじゃないかよ! 


「来て、頂けますね? 旦那様たちや、お嬢様お二人がお待ちですから、ね?」


 あ、やばい。凄い、行きたくない。

 でも、断れない。

 だから、俺はみっともなく泣きそうになるのを我慢しながら、首を縦に振った。

 

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