それ、断れないやつじゃん

「あ、あんた誰よ!」


 俺が、公爵家の手の者に声を掛けかれ、絶望していると、ヘレナがそう言いながら、俺に抱きついてきてる力を強めてきた。

 アリーシャは何も言わないが、いきなり現れた男を怪しんでいるのか、何故か、ヘレナ同様俺に抱きつく力を強くしながら、男を睨んでいた。

 

「私は、バザルト様の命でアリーシャ様、ヘレナ様を捜索している者の一人です」

「お父様の?」


 アリーシャの父親の部下か。

 よし、これでアリーシャとヘレナも安心だな。だから、離れてくれるか?

 どうせもう、逃げられないからさ。


「はい。……御二方がご無事で、何よりなのですが、そちらの男性は誰なのでしょうか。随分、親しいようですが」

「し、親しくなんかないわよ!」


 的はずれなことを言う男に向かって、ヘレナはそう言いながら、俺から離れていった。

 良かった。逃げられないとはいえ、公爵令嬢二人に抱きつかれてるなんて、どう考えてもまずいからな。


「私は親しいので、離れないですよ?」

「は、はぁ? だ、だったら、私も親しいわよ!」


 そう思って、アリーシャの方も離れてくれるように言おうとしたら、その前に、アリーシャが余計なことを言って、何故か対抗意識を燃やしたのか、せっかく離れてくれたヘレナがまた、俺に抱きついてきやがった。


 ただ、そのおかげなのか、その男からの敵意の視線はいつの間にか無くなっていた。

 

「私にはよく分かりませんが、御二方を誘拐した犯人では無いようですので、このまま、公爵家までご同行願えますか?」


 ……いや、拒否権ないじゃん。願えますか? じゃねぇよ。断れねぇじゃん。それ。


「あっ、そ、そういえば、言ってなかったわね。……その、私達、公爵令嬢ってやつ、なのよ」


 俺が何も言わずに、言えずに黙っていると、ヘレナは何を勘違いしたのか、不安そうな顔で、そんなことを言ってきた。

 知ってるよ。知ってたよ。だから、逃げたかったんだよ。

 俺が公爵令嬢誘拐の犯人だって、いつバレるか分からないんだからな。

 俺がどう反応したらいいのかを困っていると、アリーシャも不安そうな顔をしていることに気がついた。

 いや、なんでお前らはそんな顔してるんだよ。


「……そんなのどうでもいいけど、あっちに誘拐犯が、いますよ」

「ッ、本当、ですか?」


 俺はそう言いながら、男に向かって荷馬車の中を指さした。

 すると、男は、流石に誘拐犯まで捕らえて、一緒に移動しているとは思っていなかったみたいで、びっくりしたように、そう聞いてきた。

 俺はその言葉に何も言わずに、頷いた。


 俺が本当の犯人だなんて、バレるはずがない。

 そうは思ってるが、体に力が入り、変な汗が出てくるのを止められなかった。


「ど、どうでもいいって、私達、公爵家の娘なのよ!? なんとも、思わないの!?」


 すると、そんな俺の気も知らずに、ヘレナはそんなことを聞いてきた。

 そうだよ! なんとも思わないし、今は本当にどうでもいいんだよ。


「どうでもいいな……ですよ。アリーシャ、さん、とヘレナ、さんってことには変わりないだろ、です」


 ……やばいな。この三日間で、かなり、敬語が抜けてきてしまってる。

 頭では分かってるのに、何故か、敬語が上手く喋れないんだよな。


「確かに、確認致しました。あれはこちらで貰っていっても構いませんか?」

「好きにしてください。……後、離れてくれる……ますか?」


 俺は未だに抱きついてきている二人にそう言った。

 だってさ、あの部下の人、明らかにこの状況のことを触れないようにしてるもん。

 

「気にしないと言ったのはあなただと思いますが?」

「公爵令嬢ってことは確かに気にしない……ですけど、美少女二人に抱きつかれるのは、恥ずかしいので」

「び、美少女って……」


 俺がそう言うと、ヘレナの方は照れたようにそう呟やいて、アリーシャの方は黙って顔を赤らめながら、俺から離れてくれた。

 ……公爵令嬢なんだし、言われ慣れてるんじゃないのか?

 まぁ、いいか。二人とも離れてくれたし。

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