目の前にいるけどな

「そ、そういえば、まだ、私達は自己紹介をしてませんでしたね」


 私達はって言うか、俺もしてないけどな。


「私はアリーシャとお呼びください」


 そうして、白髪ヒロインがそう言ってきた。

 家名を名乗られたらどうしようかと思ったけど、いい感じに信用されてないみたいだし、今のところいい感じだな。


「私は、ヘレナよ」


 あれ、名乗らないと思ってた赤髪ヒロインの方も名乗ってきたんだけど。

 まぁ、呼び名がある方が便利だし、別にいいか。


「まぁ、公爵領まで、よろしく、です」


 そう思って、俺はそう言った。

 今更だけど、前世はともかく、今の俺としては裏の組織にいたくらいだし、敬語とか、苦手なんだよな。

 まぁ、このヒロイン達……と言うか、アリーシャとヘレナに気にした様子も無いし、大丈夫か。

 

「……二人とも、体力に自信とか、あったり、しますか?」

「? その荷馬車で行くのでは無いのですか?」

「……これ、アリーシャさーんとヘレナさんを攫ってた荷馬車なんだ……ですよ。だから、これで送っていったら、俺が誘拐犯だと思われそうだなと」


 あぶね。ついアリーシャ様とか言うとこだった。

 公爵家どころか、貴族の娘とも俺は知らないってことになってるんだから、様なんてつける訳にはいかない。


「そんなの、私達がちゃんと説明するから大丈夫よ」


 ……まぁ、それもそうか。

 それに、よく考えたら、公爵家の娘二人を歩かせる方が問題か。……一応、誘拐犯もいるしな。


 そう思って、俺は誘拐犯を放り投げるようにして、荷馬車に転がした。


「そいつと一緒の空間なのは悪い……ですが、公爵領に向かって行くんで、乗ってください」

「嫌よ。誘拐犯と同じところなんて」

「私も、誘拐犯と同じは嫌ですね」


 目の前にいるけどな。誘拐犯。

 なんなら、誘拐犯と現在進行形で喋ってるけどな?

 まぁ、俺が騙してるんだし、それはいいとして、嫌なんだったら、歩くしかなくなるんだが。


「……気持ちは分かる、ますが、歩くしか無くなりますよ?」

「はぁ? あんたの隣に座ればいいじゃない」

「私も、あなたの隣に座りたいですね。あなたは強いようですし、そこが一番安全だと思うので。それにいつ、誘拐犯が目を覚ますかも分かりませんし」


 ……? このヒロイン達は何を言ってるんだ? 俺の事、怪しんで……は無いかもしれないが、信用まではしてない、はずだよな。

 あれか、普通に、誘拐犯と俺で天秤にかけたってことか。

 確かに、誘拐犯よりは、さっき目の前で助けて見せた俺の方がいいよな。……俺がホントの誘拐犯だけど。


 そう思って、俺は御者をするために、前に座った。

 すると、アリーシャは何事もないように俺の隣に座ってきて、ヘレナは何故か顔を少し赤らめながら、俺の隣に座ってきた。

 ……? なんでヘレナは顔を赤らめてるんだ? 俺が好き……なんてことは流石にありえないよな。信用もされてないんだし、そもそも、さっき会ったばかりなのになんだから、有り得ないだろ。

 プライドとか高そうだし、俺に頼るっていうのが、恥ずかしいんだろ。

 俺はそう理解して、荷馬車を進めた。

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