第55話 もう一つの世界
俺のその問いに対し、歩夢さんは静かに頷いた。
思いついてしまった余りにもバカバカしい仮説は、どうやら間違っていなかったらしい。
俺がずっと現実世界だと思ってきたここもまた、一つの巨大なダンジョンだったのだ。
「それじゃあ真琴はこの世界の外から……」
「はい、そうです。私は現実世界から、このダンジョンを終わらせるためにここに来ました」
「そこに偶然俺が居合わせた、ってわけか」
「外の世界から来たのは彼女だけじゃないわ。今から20年前、当時最強と呼ばれていた4人の男女がこのダンジョンに挑戦したの」
「20年前……?」
あまりの規模のデカさに俺は言葉を失った。
20年前、つまり俺が生まれる前から世界を模したこのダンジョンは存在しており、ここに挑んだ者がいるというのか。
だが今もこのダンジョンが残っているということは。
「その人たちは……」
「そう、失敗した。そして一人は今もなおこの世界に残っている……それが私」
「歩夢さんが⁉︎」
確かに簡単に転移魔法陣を作ったり謎の魔道具を用意したりと、ただ者ではないなと感じていた。
まさか世界最強と呼ばれるほどの実力者だとは思いもしなかったが。
「それより『一人は』って言いましたよね?他の仲間は元の世界に帰ったんですか?」
「いいえ……5年前の決戦の日、私の仲間は命を落としたわ。当時中学生だった1人の子供を残してね」
「5年前……中学生の子ども……」
そんな、そんなことがあり得るのか。
「今から全てを話すわ。当時世界最強と呼ばれたパーティ……私と悠真くんの両親の話を」
20年前、人間を内部に取り込むというダンジョンが世界中で問題視されていた。
そのダンジョンに挑んだ探索者は少なくないが、一人として無事に帰還した者はいなかった。
そして当時様々な難関ダンジョンを攻略し、世界最強と呼ばれた4人の探索者に白羽の矢が立ったのである。
「それが私や悠真くんのご両親、まあ当時は高校生だからまだ結婚はしていなかったけどね」
ダンジョンに入ってすぐ、彼らは言葉を失った。
そこには現実世界と何ら代わりない、もう一つの世界が広がっていた。
唯一の違いはそこがダンジョンである故に、魔法社会が形成されていたことである。
「魔法社会?どういうことですか?」
「ここで生まれた悠真くんは知らないわよね。本来魔法とはダンジョンの中でだけ使える力、外の世界では使えないものなの」
「だから私は配信者なんて知らなかったんです。勝手についてきてくれる便利なカメラなんて、外の世界にはありませんから」
外と違って魔法を中心とした文化・社会の中で人々が生きる世界、そこはとある一つの存在によって支配されていた。
このダンジョンのボス、『偽神・デミウルゴス』である。
自らを神と名乗るその存在によって現実世界の人々はこのダンジョンに取り込まれる。
また外の世界に関する記憶をも喪失し、あらゆる連絡手段も妨害されていた。
今まで誰の連絡や帰還がなかったのも、デミウルゴスのせいである。
彼ら4人だけがデミウルゴスの支配を逃れ、ここがダンジョンであることを認識できていた。
「そして私たちはデミウルゴスとの壮絶な戦いに臨んだ」
結局その戦いは決着がつかなかったが、1人の尊い命を犠牲にしつつも、歩夢たちは自らをデミウルゴスを封印することに成功した。
その代償として、歩夢と悠真の両親の3人は封印を守るためにこの世界にとどまり、生きていくこととなった。
「それから程なくして生まれたのが貴方、悠真くんというわけね」
デミウルゴスの封印に成功した今、脅威は完全に取り除かれたと思われていた。
だが、実際は封印されたことすらもデミウルゴスの策略だったのだ。
「悠真くんは聞いたことがある?宇宙にいるとされる適性生命体の噂」
「えっと、少しは……ニュースでも言われてますよね、宇宙人がいるって」
「そう、これまで何度も有人探査機が宇宙に打ち上げられ、その全てが消息不明となった。だから今では多くの人が人類に敵対する宇宙人はいると信じている」
「それが何か関係あるんですか?」
「この世界への入り口は遥か上空に存在しているの。もし外の世界から大量の人がこちらに来た場合、この世界にいる人はどう考えるかしら」
「まさか……宇宙人が攻めてきたと思い込む…‥⁉︎」
それこそがデミウルゴスの真の狙い。
時間が経てば経つほどに、この世界の人々は宇宙人の存在を信じ込むようになる。
いずれ外の世界からデミウルゴスを掃討するための大規模作戦を決行した場合、この世界の人々は宇宙人の侵攻と思い込んで戦ってくれるだろう。
デミウルゴスはこの世界の人間を、自らを守護する軍隊に作り変えようとしているのだ。
ダンジョンが存在する魔法社会が生み出した、魔法使いの軍隊に。
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