第50話 後輩

「この子、今日から配信者をすることになったから」


 次の日、歩夢さんに呼ばれて事務所まで来ていた俺は、部屋に入るなりそう言われた。


「よろしくお願いします、悠真先輩!」


 昨日空から降ってきた少女は笑顔を浮かべながら頭を下げている、だが俺はまだ現実を理解できていなかった。


「えっと、もう一回いいですか?」


「真琴ちゃんは今日から配信者よ。まだ仮配属なんだけど、ウチへの所属が正式に決まればマネジメントも私がすることになったわ、そうなったら悠真くんの直属の後輩になるわね」


「これから色々と教えてください!あ、私のことは真琴と呼んでくださいね!」


 元気いっぱいで実にいい態度だ、なんて考えてしまうあたり現実逃避しているのだろう。


「本気ですか?」


「だってすごいやる気なのよ。昨日だってどうしてもやらせてくれって」


「話を聞けば聞くほど、ダンジョン配信に興味が湧いてきたんです!それじゃあ行ってきますね!」


 そう言って彼女、真琴は軽やかな足取りで部屋を出ていった。


「え、どこ行ったんですか?」


「初配信のためにダンジョンに。どこでもいいから一つダンジョンに行ってきなさい、それをウチに所属するためのテストにするって言ったのよ。もちろん帰還用の道具は持たせてるわよ」


「ここの事務所って本当は所属するのにテストを受けないとダメなんですか?」


「そんなのないわよ」


 そう答えつつ、歩夢さんはひどく疲れた様子で椅子に深く腰掛ける。


「あの子を納得させるのにこうするしかなかったの。私の手にも負えないわ」


 その顔を見るだけで昨日何があったのか大体察せてしまう。

 きっと俺と話していた時のような勢いで、歩夢さんにも迫っていたのだろう。


「彼女、何者なんですか?」


「わからないわ、ダンジョン配信についても本当に何も知らないみたいだし。確か空から落ちてきたって言ってたわよね?」


「はい、突然目の前に」


「本当に宇宙人だったりしてね」


 歩夢さんはケラケラ笑ったあと、再び深いため息を吐く。


「とにかく変に興味を持ったらしくて、ウチに所属させて欲しいってうるさかったのよ」


「ああ、それで仮配属とかなんとか」


「そ、一回アカウント作ってやってみれば満足するかなって思ったのよ。そもそもダンジョン配信ってそう簡単に人気が出るものでもないし、強い理由ややる気がないと続かないわ」


「すみません、迷惑かけてしまって」


「気にしなくていいわよ。まあこんなトラブルに巻き込まれるとは想像もしてなかったけど」


 それに対して俺も何度も頷く。

 まだ変なファンが押し寄せてくるとかそういうことは予想していたが、まさか空から人が降ってきて、しかもそれが宇宙人と言われても納得できるほどの変人だったなんて、誰が予想できただろうか。


「あ、そろそろ始めるみたいね」


「歩夢さんも確認するんですね」


「一応テストと言っちゃったし、万一にも怪我させてはいけないもの。何かあればすぐに……って、え⁉︎」


 話している途中で、歩夢さんは勢いよく椅子から立ち上がった。

 何があったのかと俺もパソコンの画面を覗き込む。


『初めまして、今日からダンジョン配信を始めます!ということで早速きちゃいました!』


 配信を開始した真琴がカメラに向かって挨拶している。

 視聴者の数は1、つまり歩夢さんだけ。

 まだ事務所所属でもない個人配信者であり、告知も何もしていないのだ、それ自体は別に何もおかしくない。


 強いておかしな点を挙げるとすれば、彼女の背景が真っ暗になっていることくらいか。


「これ、カメラのミスですか?」


「違うわ、これはこういうダンジョンなの。『渾沌の領域』、この世で最も危険なダンジョンの一つと言われている場所よ」


「えっ⁉︎」


 その名前は聞いたことがある。

 確か凛さんが『七つの大罪』として挑んだダンジョンの中で、唯一攻略に至らなかったというダンジョン。

 それだけでもどれだけ危険なのかはわかる。


 歩夢さんはすぐに真琴に電話をかけているが、配信に映る彼女がそれに気づく様子はない。


「歩夢さん、俺も行きます」


「ダメよ、あそこは『龍の巣窟』や『静寂の氷河』と同じくらい危険なの」


「だったらますます真琴を放って置くわけには行きません」


「連絡が繋がらないなら俺が直接彼女に会って、二人で帰還します」


 歩夢さんは目を閉じて逡巡したあと、大きく息を吐いた。


「わかったわ、けど彼女を捕まえ次第すぐに帰ってくること。間違っても攻略しようなんて考えないで」


「わかりました」


「ごめんなさい、悠真くん。今回のことは完全に私の落ち度、適当にあしらえばいいなんて私の甘い考えが招いたことだわ」


「謝らないでください。あの子は俺たちには手に負えないってだけの話ですよ」


 俺がそう答えると歩夢さんも笑った。


「ダンジョンまでの転移魔法陣を作るわ。悠真くん、無事で帰ってきてね」


「はい、先輩としてちゃんと後輩も連れ帰ってきますよ」


「言うようになったわね」


「歩夢さんと一緒にいるからですかね。それじゃあ行ってきます」


 俺は作られたばかりの転移魔法陣に足を踏み入れる。

 挑むはEランクダンジョン『渾沌の領域』、世界最強と呼ばれた『七つの大罪』ですら攻略できなかった最難関ダンジョンだ。

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