第49話 舞い降りた少女

「え……は……?」


 言葉が出なかった。

 少女は仰向けになったまま、ゆったりとした速度で落下している。

 こんなのあり得るはずがない、頭ではそう考えてしまうのだが、目の当たりにしている以上これは紛れもなく現実。


 そしてまるで計算されたかのように目の前に落ちてくるものだから、俺は思わず両腕を伸ばしてしまった。


 軽い、まるで羽のようだ。

 なんて思っていると突然両腕に相応の重さを感じ、思わず前に倒れそうになる。


「ん……」


 すると少女はゆっくりと目を開けた。

 綺麗な碧の瞳をしている、見た感じ歳は同じくらいか。


「わわっ、すみません!」


 どこか寝ぼけたような表情をしていたその子は、こちらに気づいた途端大きく目を見開き、慌てて俺の腕から飛び降りた。


「ご迷惑をおかけしました!ちょっと色々あって気を失っていて、本当はこんなつもりじゃなかったんですけど、まさかちょうど人が」


「あの、落ち着いて……」


 両手を顔の前で激しく動かしながら捲し立てるように言う。

 さっきまで酷く混乱していたのだが、慌てているこの子を見ていると逆に落ち着いてきた。


「あっ、うるさくてすみません。とりあえず降りますね!」


 少女は俺の腕からピョン、と飛び降りたかと思うとそそくさと服の乱れを整えている。

 一体何者なのだろうか、空から降ってくるなんて宇宙人かもしれない。

 そんなことを考えていると、少女は姿勢を正して俺の目を見ながら言った。

 

「ご迷惑をおかけしました。私はいずみ真琴まことといいます」


「あ、俺は神凪悠真です」


 すごく丁寧な態度で自己紹介をしてきたものだから、俺も思わずそう返してしまった。


「悠真さんですね、学生さんですか?」


「高校生ですけど、真琴さんは違うんですか?」


 彼女の見た目は俺とほぼ歳が変わらない。

 高校生かそのくらい、少なくともまだ成人しているようには見えない。


「私ですか?私は、えーっと……」


 しばらく悩むそぶりを見せたかと思うと、何か名案が閃いたかのように手を叩き、それからこう答えた。


「私は探偵です!」


「……は?」


 思わずそう返してしまった。

 この人は何を言っているのだろうか。


「探偵?えっと、失礼かもしれないですけど何歳ですか?」


「17歳です!」


 とても若く見える大人なのか、とも思ったが俺と同い年らしい。

 なのに高校生ではなく探偵?

 さっきから訳がわからなすぎて混乱してきた。


「高校は色々あって休学してるんです!」

 

「なるほど……?」


「それより、探偵として聞かせてほしいことがたくさんあるんですけど!」


 どうにも腑に落ちない俺とは対照的にやけにテンションの高い彼女は、ずいっと俺との距離を詰めてくる。


「最近、周りで変なことが起きたりしませんでしたか?」


「変なこと?」


「はい!なんでもいいです、教えてください!」


 ものすごく圧をかけてくる。

 今まさに起きています、という言葉が喉元まで出かかったが、さすがに失礼かと思いすんでのところで思いとどまった。


「いや、特にないですね」


 実際には今の俺には心当たりがありすぎるのだが、そう嘘を吐いた。

 空から降ってきたり、自分を探偵と名乗ったり、やけにコチラに関心を持ってきたり。

 この子は何もかもが怪しすぎる、身バレもしてしまったのだし、もしかしたら何か裏があって近づいてきたのかもしれない。


「なんでもいいんです、些細なことでも!例えば昨日の味噌汁の味が少し違ったとか!」


 ただ彼女は更に距離を詰めてくる。

 その圧に負けた俺は仕方なく少し付き合うことにした。


「じゃあ突然モンスターが現れたことですかね」


「モンスターが現れた、なるほど。もう少し詳しく教えてもらっていいですか?」


「なんの前触れもなく、急に現れたんです。Eランクのモンスターも含めて大量に出現したんですが、まだ周囲にダンジョンの入り口は見つかってないそうです」


 俺の発言を聞きながら手元のノートに必死にメモをとっている。

 

「それっていつ頃の話なんですか?」


「昨日です」


「どこに出てきたんですか?」


「学校のグラウンドです……って、今朝のニュース見てないんですか?」


 しつこく聞いてくるのだが、その内容はどれもすごく基本的なものばかり。

 今朝からあれだけどこもかしこもこのニュースを取り上げているのだから、それくらい少しは知っていそうなのだが。


「えっ、今のニュースの話なんですか?」


 そう言ってスマホでニュースを調べ出す。

 これだけ大騒ぎのニュースも知らなくて探偵なんて務まるのだろうか、というか何を調査する探偵なんだ。


「へぇ、なるほど。こんなことがあったんですね……って、この写真」


 彼女は顔を上げて俺を見たかと思うと、再び手元の画面に目線を映す。

 それを数度繰り返したかと思うと、少し驚いた様子でこう言った。


「もしかして有名人ですか?」


「有名人……自分で言うのも何ですけど、そうかもしれないですね」


 どうやらその反応を見るに俺のことは知らなかったらしい。

 となると彼女が現れたのは身バレの件とは全くの無関係、ますます意味がわからなくなる。


「ダンジョン配信者?高校生じゃないんですか?」


「高校に通いながらダンジョン配信者をしてたんです、それがバレたのは昨日ですけど」


「へぇ、ダンジョン配信ってなんですか?」


「えぇ……」


 昨日のニュースどころかダンジョン配信すら知らないらしい。

 幾ら何でもおかしい、空から降ってきたことを含めて考えると、宇宙人という説がもしかしたら正しいのかもしれない。

 とにかくとんでもない変人であることだけは間違いないだろう。


 厄介なのに絡まれたな、なんて思っていたその時、先ほど歩夢さんから伝えられていたことを思い出した。

 

「あの、それ見て分かったと思うんですけど俺、ダンジョン配信者なんです。だからこれ以上何か聞くなら事務所を通してからにしてもらってもいいですか?」


 困ったことでもなんでも連絡してくれ、と言われたのだ。

 まさに俺はこの謎の少女の対応に困っている、なら助けてもらうことにしよう。


「事務所って、そのダンジョン配信者の事務所ですか?」


「ええ、そうです」


「なるほど、そのダンジョン配信とやらにはすごく興味があります!お話を聞かせていただけるというのなら、ぜひよろしくお願いします!」


「いや、そういう話じゃないんだけど……」


 意味が正しく伝わっていないような気がするが、これ以上相手をするのも非常に疲れる。

 俺は事務所の電話番号だけ伝えると、心の中で歩夢さんに謝りつつ、この空から舞い降りた謎の少女から逃げたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る