第41話 不穏
「はい、できた」
先週とは打って変わって特に大きなイベントが起きることなく迎えた金曜日の朝、俺の前には凛さんが作ってくれた朝食が並べられていた。
目玉焼きとサラダにフレンチトースト、俺の普段のヨーグルトだけ、みたいな朝食と比べるとなんとも豪勢だ。
「ありがとうございます、凛さんってこんなに料理できたんですね」
失礼ではあるが、普段の様子から凛さんにあまり家庭的なイメージはなかったので、ちゃんと料理できることが意外だった。
「これくらい大したことはない。それに私はずっと一人暮らし、料理はできる」
確かに一人暮らしなら最低限の自炊能力は身につくかもしれない。
とはいえ俺は毎回適当に肉を焼いてそこにカット野菜を添えるか、惣菜を組み合わせるだけ。
「ありがとうございます、いただきます」
早速フレンチトーストを口に運ぶ。
とても甘くて口の中でとろけるほどふわふわ、朝からこんなものが食べられるなんて幸せだ。
「あ、そうだ。今度配信を手伝ってもらっていいですか?」
「配信?何の?」
「俺の次の配信です。なんか期待されてるみたいなんですけど、ちょっと凛さんの力を貸して欲しくて」
俺は凛さんに次の配信の内容に困っていることを話した。
できればEランクダンジョンの攻略、もしくは解説の配信を行いたいのだが、事情があって『龍の巣窟』にはいけず他はあまり知らない。
そこで世界最強パーティとして色んなEランクダンジョンを知っているであろう凛さんに次回の配信では協力してほしい、と。
「そう……でも私も知っているダンジョンは少ない」
「え、そうなんですか?」
「ええ、訪れたダンジョンはほとんど攻略してしまったから」
「なるほど……」
そこは完全に盲点だった。
確かに凛さんなら内部を知っているダンジョン、つまり行ったことがある場所は大抵そのまま攻略してしまっているだろう。
攻略の経験は多いだろうが、現存するEランクダンジョンに限っていえば凛さんも知らないものばかりになってしまう。
「あ、でも……」
一人で何とかするしかないか、と諦めかけていたその時、凛さんは何かを思いついたように顔を上げた。
「ある。私が行ったことがあって、まだ残っているダンジョン」
「どこですか?」
「過去に一つだけ、『七つの大罪』で挑んだけれど攻略できなかったダンジョンがある。名前は『渾沌の領域』」
「聞いたことがないですね」
当たり前ではあるが、全く知らないダンジョンだった。
とはいえ凛さんたちですら攻略できなかったのだ、その難易度は測り知れない。
「攻略こそできなかったものの、何度かは訪れた。だからここは私もよく知っている、協力もできると思う」
「じゃあお願いしていいですか?」
「ええ、いいわよ。配信はいつにする?」
やはり凛さんを頼りにしてよかった。
それから二人で予定を決め、可能なら日曜日に配信を行うということで決まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「色々と本当にありがとうございます」
「気にしないで、それじゃあまた明日ね」
例の如く駅で凛さんと別れる。
朝食も作ってもらえたし、日曜日には配信を手伝ってもらえることにもなった。
本当に感謝してもしきれないほどだ。
「ん、明日?」
先ほど『また明日』と言っていたのに対して何も思わなかったが、よくよく考えると明日は土曜日。
休みの日だというのに家に来るつもりなのだろうか。
「まあいいか」
予定があるわけではないし、家に来られて困ることもない。
家に来られることに既に慣れ始めてる自分をおかしく思いつつ電車に揺られること数十分、いつも通り最寄駅で降りる。
「あ、おはよう。悠真くん」
「おはよう……」
すると改札を降りたところに由那と美月がいた。
「あれ?二人ともどうしたんだ?」
「一緒に学校行こうかなって思って」
「ダメ、だった……?」
「全然、それじゃあ一緒に行くか」
駅から学校まで二人と向かう。
まあ時々周りから俺を見てヒソヒソと話す声が聞こえるが、それももうあまり気にならなくなった。
そもそも噂が立ったところで彼女がいない俺は困ることはない。
問題があるとすれば由那の方だが、その時は彼女の方から何か言うだろう。
「それで、次の配信は決まったの……?」
「ああ、早ければ日曜にでも凛さんとEランクダンジョンの配信に行くつもり」
「日曜日?ちょっと待ってね」
由那は鞄からスケジュール帳を取り出し、ペラペラと中身をめくる。
「それって私も行っていい?」
「由那も?まあ俺はいいし凛さんもいいって言うと思うけど、大丈夫か?」
「うん、今ならEランクもいけると思うんだ」
確かに『静寂の氷河』では由那も美月もかなり強くなっていた。
恐らく既にEランクに達している、ただ一つ不安があるとすれば今度行くダンジョンはその中でもさらに高難易度だと予想される。
「私も行く……」
すると美月もそう言った。
「凛さんが言うには『七つの大罪』では攻略できなかったらしい。かなり厳しくなると思うぞ?」
「足手纏いにはならない…….」
「うん、自分の身は自分で守るよ。あとは悠真くんと凛さんがなんとかするでしょ?」
そう期待の眼差しを向けられる。
しかし凛さんがいてくれるなら何とかなる、そんな自信もあった。
「そうだな、それじゃあ四人で行くか」
『七つの大罪』に勝利したパーティでEランクダンジョンに挑む、となれば盛り上がりも十分のはず。
次の配信の内容はこれで決まりだ、学校が終わったら今回はちゃんと歩夢さんにも連絡しておこう。
そんなことを考えているとちょうど学校に着いた。
「今日の一限ってなんだっけ?」
「数IIだよ」
「げ、マジかぁ」
朝からハードな授業だ。
「自習になったりしねーかな」
「ふふっ、そんな都合よくなったり──」
それはなんの前触れもなかった。
今日はなんてことない平日、やや面倒に思いつつも適当に授業を乗り切り、放課後になればさっさと家に帰る。
いつも通りそうやって過ごすはずだった。
「きゃぁっ!」
「モ、モンスターだ!」
だがそんな訪れるはずの日常は、突然のモンスターの出現によって崩れ去ったのであった。
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