第39話 約束
放課後、俺は歩夢さんに呼び出されて事務所に向かっていた。
理由は大体わかっている、なにせこの前のサタンとの一件は、一切歩夢さんに連絡を行っていない。
勝負を受けたのも、そこにルナとユナを連れて行ったのも全て独断での行動だ。
もちろんそれが良くないのはわかっていた。
ただもし歩夢さんに報告・相談を行なっていれば、向こうからの脅迫を含めて事務所として正式になんらかの対応を取っていただろう。
俺はそんな形ではなく、真っ向から奴らを返り討ちにしたかった。
そのため歩夢さんには何も言わず、勝手に二人を連れて『静寂の氷河』へと向かったのだ。
「歩夢さん、俺です。神凪です」
「入っていいわよ」
ドアをノックすると中から声が返ってきた。
部屋に入ると既にお茶と椅子が用意されてあり、そこに座るように促される。
俺はそこに座ると同時に深く頭を下げた。
「昨日は本当にすみませんでした」
「いきなりね」
「呼び出された理由はわかってますから」
顔を上げると歩夢さんは少しだけ笑っていた。
「じゃあ今のは何に対しての謝罪なのかしら」
「なんの連絡もせず、二人を巻き込んで『七つの大罪』との勝負を受けたことです。歩夢さんや事務所にもたくさん迷惑をかけましたし、無責任な行動だったと思っています」
「そうね〜、昨日配信で初めて知った時はびっくりしたし、ちょっと大変だったわ。ルナのマネさんも知らなかったみたいで二人で大慌てよ」
やはり俺の予想通りかなり迷惑をかけてしまったらしい。
それに対しては本当に申し訳なく思うのだが、なぜか愚痴をこぼす歩夢さんは楽しそうに話している。
「でもね、そんなことはどうだっていいの」
「え?」
「ウチは自主性を重んじているからこんなこともしょっちゅうあるのよ。特に悠真くんは私が必死に誘って来てもらったわけでしょ?」
「それは、そうかもしれないですけど」
「それに悠真くんはまだ高校生。この世界に引き入れた張本人であり、マネージャーであり、何より身近な大人である私が責任を取るのは当然のこと。むしろ今のうちなんて羽目を外してナンボなんだし、今回のことだって迷惑だなんて少しも思ってないわ。まあ報連相をしっかりしてくれた方がありがたいのは間違いないけれど」
ジトリ、と俺を見つめてくる。
だがその表情からも口調からも、少しも怒っている様子は感じられなかった。
「だから私がどうとか事務所がどうとか、そんなことはどうだっていいの。ただ……」
そう言ってから歩夢さんは真剣な表情になる。
「悠真くんは気づいていたんでしょ?彼らが勝利のためなら卑怯な手を使ってくる集団だったってこと」
「はい、何か仕掛けてくるであろうことは予想してました」
もちろんどんな手を使ってくるかまではさすがに読めない。、
ただ直接会って本性を明らかにした時の様子や、ユナとルナを利用して脅迫してきたこと、あの場に他の仲間が待機していたことを考えると、どんな手でも使ってくることは予想できた。
だからこそ転移魔法陣がモンスターの巣と魔力封じの罠に繋がっていても、それに対応することができた。
「ならどうしてそうわかってて勝負を受けたの?Eランクダンジョン、それも『静寂の氷河』でそれをすることがどんなに危険か、わかっていたはずよ」
「はい、それでも俺はアイツらが許せなかったんです。それに放っておいたらユナやルナにも迷惑がかかる。だからなんとしてもケリをつけるつもりでした、ああなったのは俺の責任でもありますから」
すると歩夢さんはふぅ、と一つため息をついた。
「悠真くん、あなたは強いわ。けどね、決して無敵でもなければ不死身でもない、普通の人間なのよ」
「急にどうしたんですか?」
「今回みたいな無茶をして欲しくないの。他人のために頑張れること、怒れること、それはとても素晴らしいわ。けどね、もっと自分の身体を大事にしてちょうだい」
俺の両肩に手を置き、目線を合わせ、諭すように言う。
「自分が危険な目に遭っても、なんて考え方は、自己犠牲の精神はもうやめて。それで私たちのために悠真くんが怪我したり命を落としたりしたって、私たちは何も幸せにならない」
それに対して俺はしばらく何も返すことができなかった。
てっきり今日は勝手な行動を咎められるのだと思っていた。
だが歩夢さんは怒っているというよりは心配している、まるで親のように俺の身を案じている。
「……すみませんでした」
予想していなかった展開に困惑した俺がようやく口にできたのは、すごく単純な謝罪の言葉だけであった。
「怒っているわけじゃないわ、心配してるだけ。悠真くんは人のために自分の身を顧みないところがあるから」
「そんなつもりはないんですけどね」
「悠真くん、これから二つ約束して。一つは常に自分の安全も最優先に考えること。何か危険なことに挑む時は一人でやり切ろうとせず、必ず私にも相談して。力になるから」
「わかりました、約束します」
「もう一つは、今後『龍の巣窟』には近寄らないで」
わかりました、という言葉が喉まで出かかって止まった。
一つ目の約束の意味はわかる、ただこれはわからない。
「どういうことですか?」
「言葉通りの意味よ。これからはあのダンジョンには入らないようにして、もちろん由那たちにもそう伝えるわ」
ハッキリ言って腑に落ちない。
確かにEランクダンジョンで危険であるが、あそこには俺はもちろん由那も何度か行ったことがある。
なんなら俺のデビュー配信の際は、歩夢さんも一緒に来ていたくらいだ。
何故それを今になって禁止されるのだろうか、という疑問は残る。
ただ先ほどまでの本気で俺を心配する歩夢さんの様子を目の当たりにして、それに異議を唱えることはできなかった。
「……わかりました、配信でもプライベートでも『龍の巣窟』には行かないようにします」
「ありがとう。ごめんね、急にこんなこと言って。でもこれも悠真くんを想ってのことなの」
「大丈夫です。信じてますから、歩夢さんのこと」
どうやら迷惑以上に心配をかけてしまったらしい。
まあ同じようなことはもう起きないだろうが、これからはもう少し自分の身を大切にすることも心がけよう。
こんなにも案じてくれる人がいるのだから。
「それで、結局『静寂の氷河』で怪我はしてないのよね?」
「はい、大丈夫ですよ。俺もみんなもピンピンしてます」
「本当に良かったわ。でもね、それはあくまで結果論。そもそも──」
どうやらまだまだお説教は続くらしい。
これだけ心配してくれたことに嬉しくなり、俺は思わずわずかに笑いつつしばらくそれを聞き、あらためてもう危険な真似はしないと約束して家に帰るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ、まさか『静寂の氷河』を攻略してしまうなんて。さすがというべきかしら、とんでもない実力ね」
悠真が帰り一人になった部屋で、歩夢は静かに独り言をこぼす。
「残るは二つ、とはいえ悠真くんでもない限り攻略は不可能。『龍の巣窟』への立ち入りも禁じたし、封印が解ける心配はいらない。ただ……」
歩夢はだいぶ前に用意して、すっかり冷たくなってしまったお茶をグイッと飲み干す。
「一つが消えたのも事実。何もないことを祈るしかないわね」
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