第37話 変化

『次のニュースです。日本一のダンジョン配信者『サタン』がアカウントを削除──』


 翌朝、学校に行く準備をしながらなんとなくテレビをつけていると、ニュースではそんな報道をしていた。

 これまでのことが明るみに出てしまい、配信者としての活動を続けることは難しくなったのだろう。


 同情の余地はないが、少し寂しくは思う。

 もし彼が最初の想いを失うことなく進み続ければ、今ごろはもっとすごい配信者になっていたのだろう。


 とはいえまだこれで全てが終わったとは限らない。

 たとえ間違いを犯したとしても、やり直す機会はいくらでもある。

 

 特に昨日凛さんが言っていたのだが、サタンは人が変わっても努力だけは惜しまなかったらしい。

 確かにこの前の勝負でも事前の下調べや無数の罠など、それが間違った方向に使われてたとはいえ、あれもまた並大抵ではない努力結晶だったのだろう。


 今度はその努力を正しい方向に使うことができれば、あれだけの才能があるのだ。

 また一から再出発したとしても、きっといつかは前以上の場所まで上り詰められるだろう。


 その時には改めて、正々堂々と世界最強の称号をかけた勝負をしてみたい。


 昨日サタンのアカウントにはそんなメッセージを送っておいた。

 果たしてそれを目にしたかはわからないが、きっと届いたと思っておこう。


 そして凛さんもまた配信者として使用していたアカウントは消してしまったらしい。

 それは『七つの大罪』として過ちを犯した過去の自分と決別するためにも必要なことだったのだろう。

 これからは俺たちと違って個人で活動することはなく、パーティで活動する際に一員として参加する形を取ることになった。


 ちなみにこれに関しても、昨日改めて『本当に良かったのか』と聞いてみた。

 何も考えず勢いで誘ってしまったが、冷静になってみると周りからは凛さんが勝った方に都合よく鞍替えしたように見えるかもしれない。

 俺たちが彼女を必要とし、頼み込んだせいであらぬ誤解を招いてしまうかもしれない、そう危惧したのだが。


『関係ない、私はこれまで批判されるだけのことをしてきた。それに周りからどう思われようとも、私は貴方の力になりたい。貴方を支え、貴方と共に歩んでいきたい』


 少しも迷いなく、真っ直ぐに目を見つめてそう言われてしまった、思わずこちらが恥ずかしさで目を逸らしてしまうほどだった。

 まあともかく凛さんはそう言った声があっても気にしないらしく、これからは正式に仲間として配信を行っていくことになった。


『続いてのニュースです。先日打ち上げた有人探査ロケットを発射後、その通信が途絶えてしいました。専門家は今回の事件は敵性生命体が存在していることの証明であるとの見解を示しており──』


 昨日のことを思い返していると、気がつけばいい時間になっていた。

 テレビの電源を消すとコップに注いでいた牛乳を飲み干し、急いで歯を磨いてから外に出る。


「……えっ?」


 するとなぜかそこには凛さんが立っていた。


「な、なんでここにいるんですか?」


「なんでって、昨日家の場所は教えてもらった」


 確かに家の住所は教えた。

 これから一緒に配信をすることも増える、その度に集合場所を決めるのも面倒なので、ならあらかじめ俺の家を教えてれば楽だと思ったからだ。

 でもそれはあくまで配信のために、という話だったはず。


「今からは学校で、配信の予定はないんですけど」


「知ってる。けど約束したはず、私は貴方の行手を阻むものを全て取り除くと」


「それは比喩表現ですよね?そもそも学校までの通学路に道を阻むものなんてあるわけないですよ……」


 意味がわからない。

 何が一番意味がわからないって、凛さんには少しもふざけている様子はなく、本気で先ほどの発言をしているのだ。

 何がおかしいのかもわかっておらず、俺のツッコミに対しても首を傾げるだけである。


 もしかしてこの人は凄くしっかりしているように見えて、実はとんでもなく抜けているのではないか。

 そんな疑問が新たに生まれた。


「ていうか、凛さんこそ学校は大丈夫なんですか?」


「私は大学、授業も10時から。だから貴方を送ってからでも十分間に合う」


「月曜の朝は遅めにしてるんですね。確かに休み明けの朝ってしんどいですもんね」


 月曜の朝はいつも憂鬱だ。

 まして今日に関しては、昨日サタンたち『七つの大罪』との勝負を終えたばかり。

 奥義を二つ使ったこともあって普段以上に疲労も溜まっており、できることならば今すぐ帰りたいくらいだ。


「月曜だけじゃない、そもそも朝一の講義は取ってない。だから毎日こうして来れる」


「大学ってそんなこともできるんですね……って、毎日?」


 俺は思わずそう聞き返してしまった。

 凛さんの言葉は確かに耳で聞いたはず、だがなぜか頭に入ってこなかった。


「ええ、毎朝迎えに来れる」


「毎回俺の家の前まで来るつもりですか?月から金まで?」


「そうだけど」


 何かの冗談かとも思ったが、凛さんは至って真面目な顔でそう答える。


「いやいや、さすがにいいですよ。わざわざ俺の家まで来るのは大変じゃないですか」


「そんなことない。私の住んでるアパートは歩いて1分くらい」


「へ?」


「私も驚いた、まさかこんな近くに住んでるなんて」


「ええーーっ⁉︎」


 思わず大声を出してしまった。

 でもまさか、住んでる家が徒歩圏内にあるだなんて思いもしなかった。

 それなら確かに毎日家に来ることも可能だ。


 俺はサタンたちにも勝って、これからまた配信者としての活動も変わっていくのだろうなとは思っていた。

 だが実際には大きく変わったのは配信ではなく、日常の方であった。

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