第35話 決着
ダンジョンが崩壊し、俺たちは入り口があった森の中に帰ってきた。
「改めて、俺たちの勝ちだな」
そう声をかけるも、足元で項垂れるサタンは魂が抜けたかのように愕然としている。
まだ勝負の結果が受け入れられないのか、それとも今まで積み上げてきたものが崩れ去ったことに絶望しているのか、先ほどまでの姿は見る影もなくなっている。
とはいえこれ以上俺にできることはない。
そう思っていると、凛さんがサタンの元に向かった。
「本当に残念、貴方がここまで堕ちるとは思わなかった」
「やっぱり凛さんは何も知らされてなかったんですね」
「ええ、教えて。貴方とサタンの間に何があったのか」
俺は凛さんに、そしてカメラを通してリスナーに、この勝負が実現するまでの経緯を全て話した。
これまでずっと隠してきたヤツらの本性、この勝負の真の意図、実現のために行われた脅迫。
配信前ならこんなことを話しても誰も信じなかっただろうが、配信中に本性を表した今は違う。
凛さんもただひたすら哀しげな目をしてそれを聞いていた。
「俺だけじゃなくてユナやルナも巻き込もうとした。それが許せなくて、俺はこの勝負を受けました」
「だけどその勝負も仕組まれたものだった、ということね」
「はい。勝負に勝つために、俺たちを陥れるために、たくさんの罠が仕掛けられてました」
そこまで話すと、凛さんは深く息を吐いた。
「彼らが立場を利用して好き勝手していたことは知ってた。でも私は見て見ぬ振りをした、これまでは少なくとも誰かの助けになることはあっても、誰かを貶めるようなことはしてこなかったから」
凛さんの言う通り、サタンたちはこれまで『世界最強』や『英雄』と称されてきただけあって、たくさんの人を救ってきた。
たとえそれが対価や賞賛などの見返りを求めての行動だったとしても、それに救われてきた人がいるという事実は間違いない。
そしてきっと、今までは誰かを蹴落とすようなこともしてこなかったのだろう。
正確にはそうする必要がなかった、それだけに抜きん出た実力を持っていたのだから。
つまりこれまでのサタンを見れば、その本性がどうであれ結果だけを見れば英雄にたるものなのだ。
だからきっと凛さんはそれらを見逃してきた。
「なのに、貴方は遂に越えてはならない一線を越えてしまった」
自分で言うのもなんだが、俺と出会ったのが運の尽きというやつだろう。
サタンにとって初めて真っ向から戦っても勝てない相手、だからこそこうして姑息な手を何重にも張り巡らせて俺を蹴落とすしかなかった。
そしてそんな手段に出てしまったからこそ、凛さんに見放されてしまった。
「これ以上貴方に手を貸すことはできない」
その声には強い拒絶の意思が込められていた。
そこに俺が入る余地はない、これは彼らの問題だ。
「さようなら」
冷たく静かな声で別れを告げ、凛さんは去っていく。
サタンはそれに対して何も答えない、ぴくりとも動かない。
これまでの本性や不正も全て暴かれ、仲間からも見捨てられ、ここまで打ちのめされた姿を見てこれ以上追い打ちをかける気にはなれなかった。
多分もう二度と会うことはないだろう。
そう思いながら俺たちはその場を離れ、凛さんの後を追う。
「あの、すみませんでした。俺のせいでこんなことに」
「貴方が謝る必要はない、むしろ謝らなければならないのは私。私がもっと前にちゃんと止めていれば、こうして迷惑をかけることもなかった」
「サタンとは、付き合いも長かったんですか?」
「そうね。彼にとって最初の仲間が私だった」
凛さんはこちらに背を向けたまま、昔のことを話してくれた。
彼女も俺と同じく、かつてダンジョンから出現した魔物によって両親を失ったらしい。
そしてダンジョン探索者として生計を立てていた、そんな折に彼女の才能をいち早く見抜き、配信者仲間に誘った人物がいる。
それこそがまだ配信者としてスタートを切ったばかりのサタン、二人が組んだことから全ては始まった。
「当時の彼は今と違い、夢に向かって真っ直ぐだった。ダンジョンで困っている人を見つければすぐに助けに向かい、配信を通してたくさんの人に笑顔を届けようとしていた」
今のサタンしか知らない俺からしてみれば、にわかには信じ難い話だ。
だがきっとそんな人物だったからこそ、凛さんも彼とともに活動をしていたのだろう。
「サタンは魔法の才能もすごいけれど、一番凄かったのは他人の才能を見抜く目だった。『七つの大罪』のメンバーもすべて、彼が選んだ人物」
サタンと凛さんを中心に、類い稀なる才能を持つ者を一人ずつ仲間に加えていった。
そうして世界最強と呼ばれる集団、『七つの大罪』は結成された。
「私たちが有名になるにつれて、サタンは少しずつおかしくなっていった。特に仲間たちは彼のように真っ直ぐではなかった、そしてそれに影響されてしまった」
「最初から気づいていたんですね」
「ええ、でも昔の彼は紛れもなく純粋で優しく、英雄に相応しい人物だった。その時の彼を知っているからこそ、私は彼を信じて仲間として活動していた」
だけどその結果が今だ。
結局サタンは昔に戻るどころか、これまでに得た富や名声に目が眩み、欲望に飲まれてしまった。
そして遂には人を救うどころか、俺を潰そうとまでしてきた。
「彼は才能を見抜くことはできても、人を見る目はなかった。サタンが道を誤り始めたのも、仲間に唆されるようになってから。そして私もまた、それを見て見ぬ振りしていただけの臆病者」
自分も『七つの大罪』のメンバーと変わらない、仲間たちがサタンを欲に狂わせていくのをただ眺めていただけ、自分も同罪なのだと。
凛さんはどこか笑いながらそう自虐する。
その姿は見ていてとても辛かった。
そして気がつけば俺は、無意識のうちにこんなことを口にしていた。
「凛さん、俺たちと一緒に来てくれませんか?」
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