第28話 本性
「あれ、サタンさんから連絡来てる」
ある平日の夕方。
昨日配信をしたため今日はオフ、久々に夕食を自分でも作るかな、なんて思いながら過ごしていた時のことだった。
Zの公式アカウントにサタンさんからDMが送られてきた。
「お、ちゃんとしたコラボの誘いだ……って、あれ?」
改めてコラボをしようという旨の連絡。
この前のダンジョンで実力が認められたのだ、と嬉しくなったのだが、よく見るとおかしい。
内容は俺とユナ・ルナの3人組vs『七つの大罪』でEランクダンジョンの攻略を競うものになっている。
それはできないとあの時断ったはずなのに。
俺はすぐにこちらの予定が合わせるのは難しいからそれはできない、と連絡を返す。
実際この前の三人での配信以降、ユナもルナもEランクダンジョンをクリアしたということで、さらに人気が爆発している。
登録者もあれから鰻登り、ルナに至ってはもう110万人を超えたらしい。
俺が休みをもらっていた土日も二人は雑談配信とかしていたはずだが、その時もいつもよりたくさんの視聴者がいたと話していた。
それだけ人気が爆発している今は二人にとっても重要な時期、ますますコラボに付き合わせるのは申し訳なくなる。
すると向こうの返信もすぐに来た。
なんでも今から『龍の巣窟』で顔を合わせよう、とのこと。
確かにSNSでやり取りするより直接話した方が話もまとめやすい、俺は軽く準備をして家を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お待たせしました、サタンさん」
タラタラ準備していたつもりはないのだが、俺が着くと既にそこにサタンさんがいた。
「……来たか」
俺が来たことに気づくと、サタンさんはこちらに体を向ける。
だがその顔は険しい、雰囲気も前あった時とは大違いだ。
「どうかしたんですか?」
「どうもこうもない、お前に送ったDMが全てだ」
「前に言ったはずです、二人にも予定があるからそれはでき──」
「うるせぇ」
サタンさんは突然冷たい声で俺の言葉を遮る、その表情からはどこか俺に対する敵意のようなものが感じられる。
その豹変ぶりに俺は言葉を失った。
「邪魔なんだよ、お前の存在は。俺がこれから先も世界最強パーティのリーダーとしてあり続けるためにはな」
「俺が邪魔?どういうことですか」
「テメェの実力が高いのは認めてやる。だが俺たちより評価されるようになったら困るんだよ」
この前会った時とはまるで様子が違う、別人にでもなったのではないかと思うほどに。
「世界最強の称号、これがあれば金には困らねぇ、美味いもんも女も食い放題だ。こんないい思いができる立場をテメェ如きに渡すわけにはいかねぇ」
「俺にはサタンさんからその座を奪い取ろうなんて、そんなつもりはありません」
「テメェがどうとか関係ねぇ、大事なのは周りがどう思うかだ」
信じたくはない、こんなにも強欲な姿がこの人の本性だなんて。
だがその目を見ていると、これが本来の姿なのだと嫌でも思い知らされる。
「じゃあなんで俺に近づいたんですか、貴方があんなことを言わなければここまで注目されることもなかったはずです」
「決まってんだろ?将来有望な若い芽は早めに摘んで、俺が今以上に上り詰めるための踏み台になってもらう。それだけだ」
「コラボで俺を利用してもっと名前を売る、そのために声をかけたってことですか?」
「そうだ。だが俺の目は節穴じゃねぇ、テメェがあの時ですら実力を隠していたことも、俺より強いこともわかっている。普通にコラボしたらテメェの方が目立つだろうよ」
「だから潰そうっていうんですか?騒ぎになっている二人共々、その勝負とやらで」
「話が早ぇな、要はそういうことだ」
すごく残念な人だ。
前の『龍の巣窟』でもそうだったが、この人には世界最強パーティのリーダーに相応しい実力がある。
確かに一番強いのは凛さんかもしれないが、サタンさんも単体でEランク相当に達するだろう。
それに『七つの大罪』にはサタンさんが実力を見出したメンバーで結成された、という背景がある。
人を見る目も確かで本人の実力も高く、これまでに積み上げてきた実績も十分、名実ともに世界最強と呼ばれるに相応しい人なのだ。
だからこそ知りたくなかった、こんな醜い本性を内側に秘めたいたなんて。
「配信での姿もこの前会った時も、全部演技だったんですね」
「恨むなら自分の強さを恨め。もしお前が普通のEランクレベルなら俺のために程よく利用する程度で済んだんだがな」
前回の一日でこの本性を見抜けなかったのも仕方がない、なにせ彼はこれまでの数年間、誰にも本性を隠しながら模範的な配信者を演じ続けていたのだから。
だが今更悔やんでもしょうがない、なにより奥底の考えを知ってしまったからこそ、余計に勝負を受けるわけにはいかなくなった。
俺だけならまだしも、二人にも迷惑をかけることは絶対にできない。
「勝負の話ですが、やはりお断りします。俺は貴方と競う気も潰し合う気もありません」
「そうか、ならあの二人がどうなってもいいんだな」
俺はさっさと断ってこの場を離れるつもりだった、もうこれ以上この人と関わるつもりもなかった。
だがその言葉が俺の足を止める。
「どういうことですか」
「別に。ただ俺がアイツらの悪い噂を流せばどうなるだろうなぁ」
それは脅迫だった。
嘘か真実かなんて関係ない、『実はこの前配信外で会った時に』と適当な作り話をされたら、俺たちがどれほど否定しても周りはサタンさんの言葉を信じるだろう。
二人の配信者としての未来を閉ざされてしまうかもしれない。
「ユナもルナも関係ないはずだ、やるなら俺だけにしろ!」
「もちろんお前も潰すさ。でもな、お前だけは危険すぎる。実力においても俺たちが上だと証明して、完膚なきまでに叩きのめす必要があるんだよ!」
「どうして俺をそこまで目の敵にするんだ!」
「言っただろう、俺はこれからも美味しい思いをしていたい。何より天才でこれまで努力もしてきた俺を差し置いて、ポッと出のテメェ如きが最強だなんて持て囃されてるのが気に入らねぇのさ」
ハッキリ言っていい迷惑だ。
傲慢なプライドで俺に因縁をつけてきている、それだけならまだしもユナとルナまで巻き込もうとしている。
なら俺も黙ってはいられない。
「そんなにどっちが上か試したいなら、今やってやろうか?」
俺は手の中に剣を想像して構える、その時だった。
サタンが指を鳴らすと、周りに五つの転移魔法陣が浮かびあがる。
そして凛さんを除く『七つの大罪』のメンバーが、俺を囲むように姿を現した。
「こうなることも想定済みだったんだな」
Eランクの探索者が六人、それぞれがどんな力を隠しているのかもわからない。
この状況で全員を同時に相手するのはさすがに厳しいものがある。
どうやら向こうは念入りに俺を潰すつもりらしい。
ここでの強硬策は取れないようにして、なんとしても配信上で勝負とやらをしたいのだろう。
全てにおいて俺よりも自分が上だと世界中に証明するために。
「お前たち全員、サタンと同じ考えってわけか」
他のメンバーと顔を合わせるのは初めて、配信での姿しか知らない。
ただこうしてサタンに協力しているのを見る限り、彼らもまた私欲のために世界最強の称号を欲しているのだろう。
「さぁ選べ、俺たちとの勝負を受けるか受けないかをな」
もはや逃げ場はない、逃げる気もない。
この男は世界最強の英雄などではない、私欲のために他人を利用しようとする悪だ。
こんな腐った奴らが、真っ直ぐな想いで配信者をしているユナやルナの未来を閉ざそうとするなんて、絶対にあってはならない。
俺は一度創造した剣を消滅させる。
「わかった、受けてやるよ」
サタンの濁った目を見つめ返し、正面からそう宣言した。
「そう来なくっちゃな。覚悟しろ、お前もあと数日で終わる。それまで今の生活をせいぜい楽しむんだな」
サタンはそう言い残し、仲間と共に転移魔法陣で姿を消した。
あんな奴らには絶対に負けられない。
俺は拳を強く握りしめ、そう決意するのであった。
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