第27話 暗雲

「一つ、聞いてもいい?」


 戦闘の疲れからか、帰る途中でほとんど会話はなかった。

 サタンさんも戦闘が終わった辺りからは険しい顔をしながら少し前を歩いており、声をかけづらい。

 と思っていると、べるふぇさんは俺の横に来て小さな声でそう言った。


「いいですけど、どうしましたか?」


「貴方は何故配信者をしているの?」


 予想外の質問に面食らってしまった。

 やはりこの人のことはイマイチわからない、ただ質問の答えは決まっている。


「俺と同じ思いをする人が現れてほしくないからです」


「同じ思い?」


「俺の両親はダンジョンで命を落としました。だからこそもう誰にも大切な人を失ってほしくない、ダンジョンで死んで欲しくない、そう強く思います」


「そう、それでこの前もあのダンジョンに行ったのね」


「はい、危険だと思ったので行きました。それ以外の時は配信で戦い方を教えたりする予定です。まだ始めたばかりですし、上手くいくかはわからないですけど」


「大丈夫、きっと上手くいく。私は応援する」


「そう言ってもらえると心強いですね、ありがとうございます」


 ただ一人でも多くの人にこれまで俺が身につけてきたものを伝えるためには、有名になる必要がある。

 そういう意味でも今日という日は大きな意味があったはずだ。


「あ、着きましたね」


 そんな話をしていると入り口まで戻ってきた。


「サタンさん、今日はありがとうございました」


「礼を言うのは俺の方だ、来て良かったぜ」


「次会うとしたらコラボですかね、その時はよろしくお願いします」


 俺たちは互いに固い握手を交わす。


「べるふぇさんも、ありがとうございました」


 そう言って彼女の元に行った時であった。


りん木平このひらりんよ。今度から私のことは凛って呼んで」


 突然そんなことを言うものだから面食らってしまった。

 だがこれは少なくとも親交を深められた証拠だろう。


「わかりました、凛さん。俺は神凪悠真です」


「わかった、悠真。また会えるのを楽しみにしてる」


「俺もです、今日はありがとうございました」


 俺は凛さんとも握手を交わす。

 ただの直感でしかないが、彼女との付き合いは長くなるような気がした。


「それじゃあ今日は本当にありがとうございました。俺は失礼します」


 最後に二人に向かって深く頭を下げ、俺は『龍の巣窟』を後にする。

 最初はせっかくの休日が潰れると思っていたが、なんだかんだで来て良かったと、そう思える1日になった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「クソッ、あの実力……べるふぇと同等、俺よりも上か……」


 悠真がいなくなった後、サタンは拳を強く握りしめて小さく呟く。


「だが世界最強の称号を、この座を渡すわけにはいかねぇ。見てろ、次会った時は必ず潰してやる……!」


 その言葉には強い嫉妬の感情が込められていた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「おはよう、昨日はどうだった?」


 翌日、教室では未だに先週の配信が話題になっている中、由那は俺を見るなりそんなことを聞いてきた。


「どうって言われても……まあ大変だったかな」


 なかなか難しい質問ではあったが、最初に出てくる感想はそれだった。

 Eランクダンジョン中層のモンスターの大群に襲われるなんて、なかなか経験できるものではない。

 俺一人だったら切り抜けることはできたかもしれないが、少なくとも今日は疲労で休んでいただろう。


「何かあったの……?」


「うわっ、びっくりした!」


 突然背後から声が聞こえてきた。

 振り返ると美月がいる、普段の学校のテンションで忍び寄られると恐ろしいのでやめてほしい。


「大したことじゃないけどさ。ただ『龍の巣窟』の中層で襲われてさ」


「えっ、大丈夫だったの⁉︎」


「昨日はべるふぇさんもいてさ、だから何とかなった」


「ああ、なるほど」


「それなら勝てる……」


 由那と美月は納得したように頷く。


「それで、コラボはやることになった……?」


「うーん、多分?昨日はいい感じだったと思うけど、明確に次のことを話したわけじゃないんだよね」


 いつかコラボはやることなるんだろうな、とは勝手に思っている。

 サタンさん・凛さん以外の5人がどんな人かは全然知らないが、昨日みたいにすればなんとかなるはずだ。


「ねぇねぇ、どんな人だった?」


「いい人たちだったよ。最初は緊張したけど結構フレンドリーに話しかけてくれたし」


 昨日接した限りでは少なくともそう思う。

 特に凛さんはイメージ通りクールで少し読めないところもあるが、なんとなく波長が合うと感じた。

 一つ気がかりなことがあるとすれば、終わりの方でサタンさんの雰囲気が少し暗かったことくらいか。


 とはいえ特に失礼なことを言った覚えもしたこともない、何も問題はないはず。

 そう思っていたのだ、この時は。


 だがそれから数日後、事態は全く俺が予想していなかった方に、悪い方へと進んでいくことになるのであった。

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