第15話 一時帰還

「お疲れ様、大変だったわね」


 戻ってくると事務所のエントランスで歩夢さんが出迎えてくれた。


「ダンジョンの中に別のダンジョンなんて、初めて見ました」


「私もよ。既に協会の方に連絡はしてあるわ」


 配信を見てすぐに対応してくれたのだろう。

 マネージャーとしての仕事は本当に早い。

 ついでにいうと、今回の『希望のほとり』までの転移魔法陣を作ってくれたのも歩夢さんだ。

 そんなことができる人に会ったのは初めてだ、もしかしたら俺が思う以上にすごい人なのかもしれない。


「ちょっと時間はある?」


「はい、大丈夫です」


「わかったわ、ならこっちに来て」


 俺は歩夢さんについていき、使用していない会議室に通される。


「まず、怪我はないわよね?」


「大丈夫です、なんともありません」


 歩夢さんは俺を立たせたまま、マジマジと全身を見渡す。

 大丈夫だと言ったにもかかわらず念入りに怪我がないことを確かめた後、ホッと息をついて満足そうに頷いた。


「良かった、なんともなさそうね」


「心配しすぎですよ。それに多少の怪我なんて慣れてるから…….いてっ」


 言い終えるより先に頭を軽く叩かれてしまった。


「バカなこと言わないで。私は貴方のマネージャー、今の悠真くんは私にとっての息子のようなものなんだから」


 そう言いながら歩夢さんは椅子に座る。

 俺も歩夢さんに促され、机を挟んで向かい側に座った。


「あのダンジョンに関してだけど、協会にはEランクとして報告したわ」


「そうですね、俺も『龍の巣窟』と同じような空気を感じました」


「アーヴァンクもP〜Eランク相当のモンスター、あそこにいたのが悠真くん以外ならどうなっていたことか」


 確かにあの場にいた他の人が入っていれば、生きて出ることは叶わなかっただろう。

 あの入り口がいつからあるのかはわからないが、ここまで被害が出なかったのは幸運と言うほかない。


「ただ、協会での対処に少なくとも1週間はかかると返事が来たわ」


「本気ですか?」


 俺は思わずそう聞き返してしまう。

 『希望のほとり』は有名な観光地、何かあれば間違いなく被害は大きくなる。

 それに俺の配信を通してあのダンジョンの存在は広く知れ渡ってしまった、その中には遊び感覚で中に入る人もいるかもしれない。


 ただ内部はEランクダンジョン、『希望のほとり』などとは比べ物にならないほど危険な空間が広がっている。

 その点を踏まえると、現時点においては『龍の巣窟』なんかよりもずっと危険なダンジョンであることは間違いない。


 故に早急な対策が必要不可欠だというのに、対処まで1週間というのはあまりにも長すぎる。


「向こうも忙しいそうよ、代わりというわけではないけれど協会から正式に依頼が出たわ」



「対応は探索者に任せる、というわけですね」


 ダンジョンに関して何かあれば、基本的には探索者協会が対応することになる。

 とはいえダンジョンは日本中に存在し、小さなものを含めれば救助の要請や調査の依頼といったものが毎日のようにある。


 そこで依頼制度というものがある。

 協会だけでは手に負えないものに関して、登録している一般の探索者に情報を開示し、報酬を用意する代わりに対応してもらうのだ。

 まあ俺は協会に登録していないフリーの探索者なので、依頼を受けたことはないのだが。


「それって、別に登録してなくてもいいんですよね?」


「可能よ。でも悠真くんが行くのは反対」


 歩夢さんは俺の質問に対し、その先を見越した答えを返してきた。


「行きますよ、俺は」


「いくら悠真くんが強いといっても、未知のEランクダンジョンに1人で行かせることなんてできないわ」


「じゃあ1人じゃなかったらいいんですよね?」


 その声は部屋の外からしてきた。

 やってきたのは由那と美月、予想していなかった人物の登場に俺も歩夢さんも目を丸くする。


「マネージャー、私たちも行きます」


「3人でなら大丈夫……」


「ダメよ、貴女たちは尚更行かせられない。まだEランクは早いわ」


「安心してください、何があっても俺が守ります」


 俺がそう言うと、歩夢さんはさっきよりも強い視線を向けてくる。


「だから、そもそも悠真くんを行かせること自体が──」


「止めても無駄ですよ。俺は行きます、1人でも3人でも」


 Eランクダンジョンを攻略できるような人がどれほどいるかわからないが、決して多くはないだろう。

 だったら俺がやるしかない、俺のようにダンジョンで大切なものを失う人が現れないためにも。


「私もです。みんなに勇気を届ける配信者になるためにも、今こそ立ち向いたいんです」


「倉坂さん、貴女はどうして?」


「ライバルには負けたくない……」


「歩夢さん、俺はやります。この力で他の人を守れるなら」


 俺たちの決意を目の当たりにして折れたのか、歩夢さんは呆れた様子で息を吐いた。


「……わかったわ、だけどこれだけは約束して。自分の安全を最優先、何かあったらすぐに逃げること」


「任せてください、歩夢さんの仕事を増やすわけにはいきませんから」


「仕事なんていくら増えてもいいわよ、だから無事に帰ってきてちょうだい」


「はい!」


 自然と拳に力が入る。

 対応は早い方がいい、なら明日の放課後にも行くべきだろう。

 

「由那、美月。明日はいけるか?」


「うん!」


「大丈夫……」


「よし、なら明日行こう。俺たちであのダンジョンを攻略するぞ」


 挑むは未知のEランクダンジョン、危険も多いだろうが絶対に被害は出させない。

 心の中でそう固く誓い、俺は由那と美月とともに帰るのであった。






「はぁ……同じセリフに同じ目、あんなの断れるわけないじゃない……」

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