第12話 修羅場

 寝耳に水、驚天動地、晴天の霹靂。

 どう言い表していいのかわからないほどの衝撃。


 同じ顔が二つ並んでいるのを見てなお完全に信じることはできない。

 大人しくて内向的なイメージの強い美月と、底抜けに明るくて活発なイメージのビビット☆ルナ。

 正反対の二つの存在がなかなか結びつかない。


「どっちが本当なの?」


 俺は思わずそう聞いてしまっていた。

 学校での姿が素なのか、それとも配信者であることを隠すために学校では大人しくしているのか。

 そんな俺の問いに少し悩んだ素ぶりを見せた後、美月は少し笑って答えた。


「どっちも、かな……明るく自由に振る舞うのも好きだし、こうして静かな時間を過ごすのも好きだから……」


 美月は手であげていた前髪をおろし、スマホをポケットにしまう。


「でもどうして急にこのことを俺に話したんだ?」


「悠真くんには知って欲しいなって。こうしないと、スタートラインに立てないから……」


「スタートライン?なんの?」


「ふふっ、秘密!」


 人差し指を口に当て、美月は満面の笑みで言う。

 その時の彼女は前髪で目が隠れているものの、ビビット☆ルナであった。

 

「話しすぎちゃった、そろそろ作業しないと……」


 そう言って美月は教室の壁にある時計を指差す。

 見るともう30分以上経っている、今日一日で終わらせないといけない作業ではないが、さすがに何もしないのはまずい。


「そ、そうだな。始めるか」


 俺たちは本来の庶務委員の仕事に戻り、遠足のしおり作りを始める。

 昼間に危惧していた気まずさはもうない、しかしまだあまりの衝撃に頭がうまく回らない。


 なかなか集中できないながらもしおりに必要なイラストをある程度書き上げ、この日は解散となった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 

 翌日、今日は放課後に配信の予定がある。

 なのでそれに必要な荷物を鞄の奥に詰めつついつも通りの時間に学校へ向かう。


 教室に着くと既に由那はクラスメイトに囲まれていた、いつもいつも大変そうだ。

 少しだけ横が騒がしいなと思いつつ席に座る。

 隣の俺は地味な存在、なので由那と違って誰も寄ってくることはない。


 はずなのだが、この日は違った。


「おはよう、悠真くん……」


「美月か。おはよう、珍しいな」


 今までわざわざ声をかけにくることはなかった美月が、今日は俺の席までやってきた。

 これまで庶務委員として一緒に行動することも多く、他の人に比べて親しく思ってくれているのだろうか。

 昨日も配信をしていることを教えてくれたわけだし、そうなのだろう。


 何はともあれ仲良くなれたのならいいことだ、なんて思っていたのだが。


「ん?」


 突然隣から、ガタンという大きな音が聞こえた。

 見ると由那が椅子から立ち上がり、驚いた顔でこちらを見ている。


「悠真くん、どういうこと?」


「どういうことって……なにが?」


 突然そう言われても理解できず、聞き返すことしかできない。

 ただ一つだけわかるのは、この空気は前も経験した。

 つい一昨日、放課後に美月と二人で教室にいた時に由那がやってきた時のそれと同じだ。


 ここにいると良くないことが起こりそうな気がした。


「ああっと、俺トイレに──」


「待って」


 由那に手首を掴まれる。


 ああ、もう終わりだ。

 クラスのアイドルである由那にこんなことをされた時点で目立つのは必然。


「倉坂さん、昨日何かあったの?」


「ううん、なにもないよ……」


 どこからかは『修羅場か?』なんて面白そうにしている声が聞こえる。

 それだけならまだいい。

 由那のことを好いている大半の男からは、明らかに負の感情が入り混じった視線を向けられている。


 クラスのアイドルと、なんの特徴もない男子と、地味でおとなしい女の子。

 普通ならありえない組み合わせが注目を完全に集めている。


「もうすぐ授業ですよ……って、どうかしましたか?」


 幸いこの場は先生が来てくれたため、事なきを得た。

 だが周りからの痛い視線は向けられたまま。


 俺は常に視線を感じつつ授業を受け、昼休みになると一目散に弁当箱を持って教室を抜け出した。

 だがそれで逃げられるほど甘くはない。



 

 食堂に逃げ込んだはずが、あっさりと由那に見つかってしまった。


「ねぇ、やっぱり倉坂さんと付き合ってたの?」


 なぜか尋問でもされているのではないかという圧で問われる。


「ホントに違うって、あれはなんていうか……」


「私から説明するよ、ユナ……」


 昨日のことは話しずらい、何せ俺の口から美月が配信者であることを言えないからだ。

 そう困っていると、美月本人がこの場に現れた。


 俺たち二人だけに見せるように、前髪をヘアピンで止めながら。


「えっ……『魔法少女ビビット☆ルナ』?」


 それを見た由那は目をまんまるに見開きながら、小さくそうこぼした。


「やっぱ同業者だからすぐ気づくよな」


 ユナもビビット☆ルナも登録者数はほぼ同じ、共に人気の配信者だ。

 だからお互い知っているのも当然か、なんて一人人で勝手に納得していたのだが。


「貴女がルナだったの⁉︎」


「それは私のセリフ、まさかアナタがユナだったなんて……!」


 どうも二人の雰囲気はおかしい、ただの配信者仲間という風には見えなかった。


「なんだ、お互い知り合いなのか?」


「知り合いもなにも、ルナは私のライバルなの!」


「えっ?」


「アナタにだけは負けたくない……」

 

 二人の間には激しい火花が散っている。

 どうやらただならぬ関係だったらしい。


「前に応援してくれる人のためにも負けたくないって話したの覚えてる?それはね、この子にって意味なの!」


 これは後に調べてわかったことなのだが、どうやらこの二人は昔からのライバル関係らしい。

 ファン同士は激しく対立しているわけではなく、それぞれ推しを応援しつつも二人が競い合う姿を楽しんでいるだけらしいのだが、本人たちはお互いを意識しあっている。

 何らかのイベントで二人が競うようなことがあれば、その時の盛り上がりは凄いそうだ。


 現にいつもはクラスのアイドルとしてみんなに笑顔を振り撒く由那も、いつもは自分を表に出さずに大人しい美月も、今だけは鋭い視線をぶつけ合ってる。


「そっか、ルナのことを悠真くんにも話したんだね」


「そう、私たちは配信者仲間だから……」


「それなら私は事務所仲間よ!」


「それは私も同じ……」


「えっ、そうなの⁉︎」


 初耳だった。

 まさか美月も同じ事務所だなんて、ということはいずれはコラボする可能性もあるのか。


「じゃあ悠真くんはルナとは付き合ってないんだ」


「だからそうだって言ったじゃん」


「ユナとも付き合ってないよね……?」


「……そうだよ、彼女なんていないからな」


 言ってて悲しくなる、何故わざわざ自分から宣言しなきゃいけないのか。


「そっか、そういうことなんだね」


「まだ勝負は始まったばかり……」


 由那はどこか納得いたように笑い、美月は決意を漲らせている。

 だが俺は全くついていけない、先ほどから2人の世界が広がっていた。


「配信でもそうだけど、この勝負だけは絶対に負けない……」


「それは私のセリフ。ルナにだけは負けないから!」


 お互いに謎の宣言、さっきからなんなのだろうか。

 よくわからない。


 ただこの先俺にとって良くないことが起こるような予感がしながら、蚊帳の外の俺は弁当を口に運ぶのだった。

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