第11話 意外な秘密

「おはよう、悠真くん」


「ああ、おは──」


 学校に来た俺は、いつも通り隣に座っている由那に挨拶しかけて強い視線を感じた。

 振り返ると右斜め後方、教室の角の席から倉坂さんはじっとこちらを見つめていた。


 今までこんなことはなかった、もしかして昨日何か怒らせるようなことでもしてしまったのだろうか。


「どうしたの?」


「い、いや。なんでも……」


 とりあえず気が付かなかったふりをして席に座る。

 

「由那は今日配信だっけ?」


「うん、その予定。悠真くんは?」


「俺は……」


 言いかけて思い出した。

 今日は庶務委員として今度の遠足のしおりを作れと言われていたことを。

 ということは今日の放課後も、と思ってちらりと振り返ると、やはり倉坂さんと目が合った。


 気まずい、一体どうしたものか。

 そんなことを考えていても名案が思い浮かぶわけもなく、あっさりと放課後を迎えた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「それじゃあ行ってくるね!」


「ああ、気をつけてな」


 配信のために出かけた由那を見送ると、ほとんどの生徒は部活に行くか既に帰宅しており、教室に残ったのは俺と倉坂さんだけ。

 とりあえず仕事を始めるために教室中央の机を四つくらい動かすのだが、普段は気にならない沈黙に今日はお腹が痛くなる。

 

「あの、倉坂さん」


 互いに向かい合うようにして座ってから少しして、俺は彼女の名前を呼んだ。

 すると彼女は顔を上げる、だがそのままじっと俺を見つめるだけで何も言わない。


「く、倉坂さん……?」


 もう一度名前を呼んでも同じ。

 なにを考えているのか読めずに困惑していると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「美月……」


「え?」


「私のこと、美月って呼んで……」


 倉坂さんは表情を変えないままそう訴えかけてきた。

 俺はよくわからないまま言われた通りにする。


「えっと、美月さん?」


「さんはいらない、美月でいい」


「……美月」


「うん、ありがとう。悠真くん」


 その時初めて倉坂さん、美月は笑った。

 思えば彼女が笑っているのを見たのは初めてかもしれない、とても綺麗な笑顔で思わず見とれてしまうほどだった。


「倉坂さ、じゃなかった。美月は怒ってたわけじゃないのか?」


「怒ってない、でも聞きたいことはある」


 美月は机の上に身を乗り出し、顔を近づけてきた。


「白星さんって、配信者のユナ?」


「え……」


 俺は思わず言葉に詰まってしまった。

 昨日の時点では知らなかったはず、ということは帰ってからか今日にでも気づいたのだろうか。


「今まであまり喋っているところを見なかった、でも昨日はすごく仲が良さそうだった。だから、もしかしてって思った……」


 確かに同じクラスにいるわけがない、そう思っていれば気づかないだろう。

 だが俺が配信者だと気づいた美月なら、由那に気づいてもおかしくはない。


「ずるい、私の方が前から悠真くんの魅力は知っていたのに……」


 彼女はわずかに頬を膨らまし、不満そうに言う。


「いつも私にも優しくしてくれた。昨日も、ノートを運ぶ時は自分の方が多く持ってた」


 まあ最低限それくらいはするだろう。

 俺のは男なんだし、何より美月はすごく細くて華奢な子だ、力仕事は苦手だろうからと基本的に自分からやるようにしていた。


「二人で過ごすこの時間も好きだった、喋らなくても居心地は良かった」


 やはり様子はいつもと違う。

 昨日と違って嫌な圧はないものの、美月の言葉には普段はない強さを感じる。


「悠真くんと白星さんは付き合ってるの?」


 突然そんなことを聞いてきた。

 そういえば昨日は由那から似たような質問をされたが、俺の答えは同じだ。


「付き合ってないよ、喋るようになったのはあの配信の時からだしな」


「そうなんだ」


 美月はどこか安心したように笑い、自分の席に座る。

 勘違いかも、と思うようにしてきたがここまで来るとさすがにわかってきた。

 恐らく美月は俺のことが……なんて考えていると、彼女はボソリと衝撃的な言葉を呟いた。


「白星さんが『ユナ』だったんだ……気づかなかった、クラスに私以外の配信者がいるなんて思わなかったから」


「今、なんて?」


 俺がそう聞き返すと、美月はこちらにスマホ画面を向けてきた。


 そこに映っていたのはダンジョン配信者のチャンネル。

 常に元気いっぱいで明るい配信が魅力的な登録者数100万人越えの超有名配信者、『魔法少女ビビット☆ルナ』のページである。


「これって……」


 そう言いながら美月の顔を見て、驚きのあまり俺の思考は停止した。


 自分の手で前髪をかきあげる美月、彼女の目をちゃんと見たのはこれが初めてかもしれない。

 こんな綺麗な蒼い瞳をしていたのか、髪を上げるとこんなにも明るい印象に変わるのか。


 画面の中で黒いローブを纏い満面の笑みを浮かべるビビット☆ルナと、こんなにも似ているのか。


「え、本人?」


「うん」


「えぇぇぇぇっっ!!?」


 二人だけの教室に俺の声が響き渡る。

 しかしそれも無理もないだろう。


 だって、まさか同じ教室に登録者100万人越えの人気配信者が二人もいるなんて夢にも思わなかったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る