第10話 倉坂美月

「なあ悠真!見たか?ニルの初配信!」


 月曜日、配信者デビューを飾ってから最初の登校日。

 教室はニルの話題で持ちきりだった。


「あ、ああ。見たぞ」


「ヤバいよな!人類最強じゃねえの?」


「どうだろな、さすがにまだわかんなくないか」


 もうすぐ放課後になろうというのにまだ興奮している友人を見ながら、俺は本当にバレないものなのだなと感心していた。

 ウィッグと衣装だけでこうも変わるとは思えない、やはり身近にいるはずがないという先入観が強いのだろう。


 ふと隣を見ると、由那は俺の考えを見透かしたかのように笑っていた。


「神凪くん……」


 友人と話していたところにやってきたのは、俺と同じく庶務委員をしているクラスメイトの倉坂くらさか美月みつき

 黒い髪をハーフアップにした彼女は大人しい性格で、長い前髪は目を半分隠している。


「あのね、竹下先生が宿題のノートを集めて持ってきてくれって」


「ええー、マジか」


 確かに土日の宿題として問題集を何ページか解くように言われていた。

 ただ今日は数学の授業がなかったため提出はないと思っていたのだが、どうやら今日提出しなければならないらしい。


 こういう雑務をやらなければならないのは、庶務委員の面倒なところだ。

 ちなみに俺は宿題ができていない、配信やらなんやらで忙しくて今日やるつもりだったからだ。


「まあいいや、今のうちにやるか。ありがとな、教えてくれて」


「そ、そんな……私はなにも」


 放課後になれば部活に行く子もいて集めるのが大変そうだ。

 俺はさっさと教室中を周り、全員が集まっている今の間に宿題を集めた。


「よし、持ってくか」


「私も持つよ……?」


「ん、じゃあ少しだけお願い」


 俺は集めたノートのうち、1/4程度を倉坂さんに渡す。

 そしてホームルームを終えた後、二人で職員室へと運びに行った。


 そして教室へ帰ってきたときのことだった。


「神凪くん、すごいね……」


 倉坂さんは突然そんなことを言った。


「え?なにが?」


「配信のこと。一日で、もう30万人」


 開いた口が塞がらない、とはこのことを言うのだろう。

 先ほど案外バレないものだ、なんて思っていたが前言撤回。

 倉坂さんに思い切りバレている。


「わ、わかったの?」


「興味は無かったけど、すごく噂になっててチラッと見たらすぐ気づいた……神凪くんだって」


「えっと、じゃあユナは……」


 俺がそう聞きかけたところで、彼女は目を伏せてしまった。

 表情が見えないだけになにを考えているかわからず、俺は思わず唾を飲み込む。

 すると彼女はこちらの顔を近づけてきた。

 黒髪の向こうにある彼女の綺麗な青い瞳は、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。


「あの子は、たまたま知り合ったの……?」


「え?」


「色々調べた。あの子の配信中にたまたま助けたって、その時に知り合ったの?」


 俺はしばらく意味がわからなかった。

 知り合ったのはいつからかと聞かれれば、高校に入学してからだろうか。

 でもそう答えるのは多分間違っている、恐らく倉坂さんはユナの方には気づいていないのだ。


「えっと、そうだけど。事故というか偶然というか」


「なのにもう一緒に配信する仲になったの?」


「まあそれは色々あってね……」


 ははは、と誤魔化しながら答える。

 よくわからないが今日の倉坂さんはいつにもない圧を放っている、首の後ろに汗が滲んできた。


「悠真くん、もう終わった──」


 そこにやってきたのは由那。

 だが彼女は教室に入るなり動きを止めた。


 今の状況を客観的に整理してみよう。


 今は放課後、既にみんな部活が帰宅に向かっており、夕暮れの教室に残っていたのは俺と倉坂さんのみ。

 距離は非常に近い、なんなら時々制服が擦れ合うくらいには。

 さらに少し身長の高い俺が見下ろす形で、近距離でお互いを見つめ合っていた。


「……付き合ってたの?」


 そう思うのも当然だろう。


「ち、違う!庶務委員の仕事をしてただけだよ!」


 俺は大慌てで否定する。

 倉坂さんのためにも、そしてこれから由那と一緒に配信者をやっていくためにも、余計な誤解は解かなければならない。


「悠真くん……?」


 俺はそう思っていたのだが、倉坂さんの興味は別のところにあったらしい。


「神凪くん、白星さんと仲がいいの……?」


 そんな質問をしてくるあたり、やはりユナに関しては正体に気づいていないらしい。

 しかしどうしてそんなことを気にするのだろう。


「まあ普通かな?席が隣だから喋ることは多いかも」


「……そうなんだ」


 なんだ、この圧は。

 じっと由那を見つめる倉坂さんからは、氷のような冷たい雰囲気を感じる。


「あ、やべ、今日の晩飯買うの忘れてた!ごめん、帰る!」


 俺はこの空気に耐えきれず、荷物を持って教室を飛び出す。

 その時も二人の視線が痛かったが、気にしないでおこう。


 明日からの学校?

 まあ、なんとかなると信じよう。


 当然なんともならかったのだが。

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