第9話 一夜明けて

「ええ、なんだこれ……」


 初配信の次の日。

 昼から事務所に来てくれと言われていたため、朝ごはんを食べながらなんとなくチャンネルを開いたのだが。


「一、十、百、千、万……30万?」


 登録者数がすごいことになっていた。

 確かに歩夢さんの言う通り特定がどうのという動きはなくなっている、だがここまで注目を集めるとは思ってもいなかった。


 わけもわからず怖くなってきた、俺はこれに対して何かをした方がいいのだろうか。

 とはいえ下手に動くのも怖い、何かするのは歩夢さんに相談してからにしよう。


「由那ってすごいんだな……」


 由那はこれよりずっと多い、100万人以上の登録者がついている。

 そしてそんな大勢の人の応援に応えたい、そう言ってた。

 登録者がたくさんいるプレッシャーを知った今なら、あの発言がどれほどの覚悟が必要なのかよくわかる。


「いや、弱気になってられないよな」


 でも俺も一人でも多くの人を救うために配信者になったのだ、やるしかない。

 

「よし、行くか」


 俺は少し早いが余裕を持って事務所へと出発した。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おはようございます」


「あら、早いわね」


「あ、おはよう!昨日はお疲れさま!」


 昨日もらったばかりの社員証を首から下げたまま、目的の会議室に向かう。

 そこには歩夢さんと、なぜか由那もいた。


「あれ?由那も呼ばれてたのか?」


「ううん、私はなんとなく来ちゃった」


「せっかく一緒の事務所になってチャンスだものね。わざわざ休日もがっ」


「あ、あはは……気にしなくていいよ」


 由那は歩夢さんの口を塞ぎながら苦笑いしている。

 俺が来るまでに何か話していたのだろうか、まあ由那の言う通り気にしてもしょうがないだろう。


「まあまあ座って。ところでどう、初配信を終えた感想は」


「昨日はあまり何も考えてなかったんですけど、今朝ビックリしました」


「すごいよね、もう登録者数が30万人!」


「これも私の手腕……といいたいところだけど、悠真くんの実力ね。まさかあんな派手なことをするとは思わなかったわ」


 確かに昨日は自分でも少しはしゃぎすぎた気はしている。


 実をいうと秘剣はあまり使ったことがない、というのも昔はあまりの威力の高さに体が反動に耐えきれず、とんでもない筋肉痛に襲われていたからだ。

 今日はなんともないあたり、体が成長して十分に扱えるようになったのかもしれないが、エクスカリバー振るったのは二年ぶりとかか。


 そのせいで威力の制御を間違い、あんなことをしてしまった。


「次からは気をつけます」


「気にしないでいいわ、むしろ毎回あんな感じでも歓迎するわよ」


「本当ですか?」


 歩夢さんは本気でも冗談でも笑って言うせいで違いがわかりにくい。

 

「ホントよ。今日はその辺も含めて今後の打ち合わせをしましょう」


「といっても具体的には何を決めればいいんですか?」


「まずは配信に都合のいい時間と何をするか決めるとこからね」


「都合のいい時間は……いつでも、ですね。委員会の仕事がなければ」


「委員会?」


「悠真くんは庶務委員なの、時々学校に残っていろんなことしてくれてるよね」


「そうだな」


 やりたくてやったわけではない。

 ただダンジョンでお金を稼ぐ都合で部活に入っていなかったら、暇だからできるだろと言われてやることになったのだ。

 大した仕事があるわけではないのだが、まあめんどくさいと感じることもある。


「それって急にやることが増えたりするのかしら」


「まあ振られることはありますけど、その日にやれってことにはならないですね。だから配信には影響はないと思います」


「そう、じゃあ由那と同じで放課後と休日ならできるってことでいいかしら」


「問題ないですよ」


 今までやることなんてダンジョンでお金を稼ぐくらいしかなかった。

 ただ配信でお金が稼げるとなった今、放課後にやることなんて何もない。

 自炊する場合に食材を買うくらいか。


「なら二人のコラボはいつでもできるってわけね」


「マネージャー!」


 歩夢さんは由那を見ながらケラケラ笑っている。

 なぜ歩夢さんはこうも俺と由那の二人で配信をやらせようとするのだろう、両方のマネージャーをしているからスケジュール調整とかが楽なのだろうか。


「はは、まだ遠慮しときます。コラボは由那に追いつく、とまでは行かなくてももう少し近づいてからにします」


「あら、そうなの?」


「ユナのファンはユナだけを見たいでしょうし、それに由那も俺と何回もやるのは嫌じゃないかなーって」


 ははは、と誤魔化しながら言ってると強い視線を感じる。

 見ると由那はわずかに頬を膨らましながらこちらを睨んでいた、何か気に触ることをしてしまったのだろうか。


「はぁ……まあいいわ、それなら次の配信は──」


 なぜか歩夢さんにも呆れられつつ、俺は次の配信の予定を組む。

 幾らかの話し合いの後、次の配信は来週水曜日の放課後に、ということになり、俺がこれからやっていく配信の傾向もだいたい定まった。


 これから頑張っていこう。

 俺はそんな決意を胸に抱き、由那と一緒に事務所を後にした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「自分と同じ思いをさせない、誰かを守りたい……か」

 

 誰もいなくなった会議室。

 椅子の背もたれに深く腰掛け、歩夢はため息と共にそうこぼした。


「血は争えない、ということなのかしらね」


 歩夢はスマホを取り出すと、写真フォルダの中から数年前のものを選ぶ。

 そこには今より少し若い自分を含む、4人の男女が写っていた。

 

「このままだとあの子まで誰かに利用される。そう思って配信者に誘ったのだけれど、これで良かったのかしら」


 しばし意味もなく天井を見つめた後、スマホをポケットにしまって勢いよく立ち上がる。


「なんて泣き言いってられないわね。見てて、貴方達の代わりに、あの子は私が守るから」


 そう言い残し、歩夢は誰もいない会議室を出るのであった。

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