第6話 決意

「神凪くん……」


 白星さんは服の肘の辺りをギュッと掴んだ。


「ここは遊びで来る場所じゃねぇんだぞ?それをさっきから見せつけるようによぉ」


「神凪くん、逃げよう。この人たちと関わっちゃダメ」


 白星さんは小声でそう訴えかける。


「知ってるの?」


「うん、有名な配信者だよ。人気があって強いんだけど、乱暴で迷惑をかけることも多くて……」


 印象で判断するのも悪いが、今のでなんとなくわかった。

 確かによく見ると近くにカメラもある、今も配信中なのだろうか。


「こちとらわざわざこんなとこまで来たってのに、噂の男も見つからねぇしイライラしてたんだ。ちょいと遊んでくれや」


 その言葉で俺は昼間のことを思い出す。

 そういえばユナの配信に出てきた話題の男、つまり俺を探すために配信者がここに来ていると言っていた。

 どうやら彼らもそのうちの一人、というわけだ。


「ちょっと待てよ、そこの子可愛くね?」


「お、マジじゃん。なあ俺たちと遊ぼうぜ、男の方は消えな」


 彼らは白星さんに目をつけたらしい。

 こんなのでも配信者か、と俺の中で配信者に対するハードルが下がるが、今はそれどころではない。

 このままだと面倒だ、配信中なのが特に。


「白星さん!こっち!」


 俺は男たちに背を向け、白星さんの手を引いて走り出した。


「バーカ、逃すか!」


 当然男たちも追いかけてくる。

 俺は素早く小型のナイフを創造すると、振り向きざまにそれを投げつけた。


「おっと、そんなのに当たるかよ」


「だろうな、狙ったのはお前じゃない」


 直後、俺の投げたナイフがカメラに刺さって割れた。


「なっ!やってくれたな、このガキ!」


「白星さん、カメラが壊れたら配信って終了になる?」


「う、ううん。でも映像と音は消えるよ」


「なら十分だな」


 ひとまず配信に映るのは避けられた。

 後の問題はこの男たちだ。

 実力がわからない以上戦うのは得策ではない、となると逃げるしかないのだが。


「グルォォォッッ!!」


「くそっ、こんな時に!」


 俺たちが進む先にティアマトが現れた、しかも同時に三体も。

 前をモンスター、後ろを男に囲まれ逃げ場がない。


「テメェ、覚悟はできてんだろうな」


「ふざけてるのか、このモンスターが見えないのか。人が死ぬぞ」


「知るかよ、こっちは腑煮え繰り返ってんだ。さっさとその女を寄越しやがれ!」


「なんだと?」


 さすがにその言葉を聞き逃すことはできなかった。


「どうでも良いっていうのか……?」


 コイツらは人の命をなんだと思っているのだろう。

 ダンジョンで命を落とすことの恐ろしさが、残されたものの哀しさが、コイツらにはわからないのだろうか。


「白星さん、俺の側を離れないでくれ」


 そんな心無い発言は許せなかった。

 俺は逃げるのをやめ、戦うことを決めた。

 そして右腕をまっすぐに伸ばすと、少ししてそこに一振りの剣が生まれ出る。


よんの秘剣・操剣そうけんフラガラッハ」


 俺が使える魔法はたった一つ、武器創造。

 これはずっと昔に両親に教えてもらったものだ。

 普段は適当な剣を創造して戦うのだが、本気を出す時にだけ使う、特殊な能力を付与した八振りの剣がある。

 それが秘剣、そのうちの一つがこのフラガラッハだ。


「いけ、フラガラッハ。ティアマトを斬れ!」


 俺がそう命じると、フラガラッハは俺の手を離れて動き出す。

 俺が振るわずとも宙を舞い、勝手に敵を仕留める剣、それが操剣・フラガラッハ。


「す、すごい……」


「な、何もんだコイツ……」


 少しして背後から断末魔が聞こえ始めた、恐らくはフラガラッハが倒してくれている。

 前に一度試したことがあるが、少なくとも20体はフラガラッハだけで充分に対応できる。


「お前らの相手は俺だ」


 男たちの注目を集め、別の剣を地面に突き立てる。

 だがそれは囮。


「やれ、フラガラッハ」


 次の瞬間、フラガラッハは峰打ちで男たちを気絶させていった。


「よし、これでいいだろ」


 完全に油断しているところを攻撃したのだ、しばらくは動けないだろう。


「すごい。その人たち、強いせいでみんな困っててもどうもできなかったはずなのに……」


「そうだったのか?」


「うん、やっぱり神凪くんはすごいよ!それに私も……」


 白星さんは何かを言いかけながら胸に手を当て、そのまま俯いてしまった。


「大丈夫?もしかしてどこか怪我した?」


「う、ううん!なんでもない!それより帰ろっか」


「そうだな。コイツらは、救助依頼だけ出しとくか」


 さすがに気を失った五人を連れて帰るのは難しい。

 俺は万が一モンスターに見つかっても大丈夫なように突き立てた剣で光の結界を張り、男が持ってる機械で協会に救助依頼を出す。

 これで問題ないはずだ。


 そうして男たちをその場に残し、俺たちはダンジョンを後にした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふぅ、大変な目にあったな」


「ありがとうね、神凪くん。また助けられちゃった」


「なんとかなってよかったよ、焦ったけど」


 まさかあんな絡まれ方をするとは思っても見なかった。

 ただ、そのおかげで決心できた。


「白星さん。俺、配信者になるよ」


 今日白星さんと話していて久しぶりに思い出した、あの時の哀しみを。

 俺はどうすることもできず両親を失ったけれど、みんなには同じ思いをしてほしくはない。 

 その思いが今生まれたものなのか、それとも昔からあるけれど気が付かなかったのか、それはわからない。

 でも今は強くそう思う。


 そして男たちに絡まれて気づいた、俺はそれを実現できるだけの力を手にしていたのかもしれないと。


「もう二度と、俺と同じ思いをする人が現れないように」


 白星さんを救ったあの時のように。

 いや、そんな直接じゃなくても良い。

 例えば俺の配信を通してモンスターとの戦い方やダンジョンの探索方法をみんなに教えるのだ。


 そうすればみんなが身を守る方法を身につけるかもしれない。

 いつかモンスターが外に出てきても、誰も命を落とさずに済むかも知れない。


「……うん、神凪くんならきっとできるよ」


 白星さんはそう言ってくれた。


「だから、これからよろしく、白星さん」


「こちらこそ!それと私のことはこれから由那って呼んで!私も悠真くんって呼ぶから」


「わかった。よろしく、由那」


 こうして俺は配信者としてデビューすることを決めた。

 そして翌日、歩夢さんに配信者になることを伝えに向かった。

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