第5話 配信者とは

 歩夢さんに配信者デビューのお誘いを受けたあの日から三日、俺はずっとどうするべきか考えていた。

 いわゆるエゴサというやつも何度か行っているが、まだ勢いは続いているらしく。


「あれから情報来ねーよな」


「色んな配信者が探しても見つかってないんだとよ」


「実は案外この学校にいたりして」


「はは、んなわけねーだろ!」


 学校でもいまだに噂されている。


「悠真はどう思う?」


「えっ⁉︎いや、さすがに学校にいるとかないだろ」


「だよなー」


 こうして話していてもこの話題を振られることが増えた。

 時間が解決してくれるのではないか、なんて考えていたが、むしろ時が経つにつれてより広まっているとすら思える。


 このまま特定班がさらに活動を続けたら、いつかは俺も。

 そんなことを考えていた時だった。


「ねえ、神凪くん」


 隣に座っている白星さんは俺を呼び、続いてスマホを何度か指差す。

 手元に目を落とすと、先日交換したMINEを通じてメッセージが来ていた。


 再び顔を上げると、さすがは学校のアイドルというべきか、男女問わず多くの人に囲まれて忙しそうにしている。


「悪い、トイレ行ってくるわ」


「もうすぐ授業だぞ?」


「それには間に合うって」


 俺は一旦席をたち、男子トイレの個室に入ってMINEを開く。


『今日の放課後、一緒にダンジョンに行かない?』


 そんなメッセージが来ていた。


『配信するの?』


『あっ、そうじゃないよ!普通に行くだけ!ダンジョンの中なら人目も少ないし話しやすいかなって』


『わかった、それじゃあまた放課後に前と同じ場所で』


 何度かやり取りをして俺はMINEを閉じる。

 どうして急にこんな提案をしてきたのかはわからないが、この際に経験者に配信活動のことを聞いてみるのも良いかもしれない。


「おっと、チャイムだ」


 俺は急いでスマホをポケットにしまい、教室へと戻った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「結局ここになるよな」


「うん、学校からも近いし、人も少ないもんね」


 放課後、俺たちはEランクダンジョン『龍の巣窟』に来ていた。

 

「でもこの服で来るのは少し変な感じ」


 格好はお互い私服、白星さんも今日はユナの格好ではない。


「あの服ってやっぱり変装のため?」


「それとキャラ付け、かな。決まった服の方が印象がつきやすいってマネージャーが。あと、可愛い……とも」


「白星さんもあの人に振り回されてるんだな。まあ確かに似合ってるとは思うけど」


「えっ、ホント⁉︎」


 突然身を乗り出す勢いで距離を詰める白星さんに、俺も思わずたじろぐ。


「あ、ごめんね」


「いや、大丈夫。それより少し聞いて良い?」


「うん?どうしたの?」


「白星さんって、なんで配信者を始めたの?」


 俺はいまだに決断ができない。

 だから他の人の始めた理由を聞けば、何かきっかけになりそうな気がした。


「そうだね、やっぱりみんなに勇気とか元気を届けたかったから、かな」


「勇気や元気を?」


「ダンジョンって怪我したり、死んじゃったりすることもある、すごく怖いところでしょ?モンスターが外に出てくることも時々あって、不安に思う人も多いはず」


 ダンジョンのモンスターが外に溢れ出す、そんなニュースは何度か聞いたことがある。

 ただダンジョンではこれまで地球上に存在しなかった物質が豊富に取れる、確か配信者が使う自律式の浮遊カメラもダンジョンの素材を用いて実現したものだったはず。


 いわゆるハイリスクハイリターン。

 だから政府公認の探索者協会なんてものまで作られて、一般人でも簡単にダンジョンに出入りできるようになったり、その様子を配信したりするようになったのだ。


「私がダンジョンで頑張る姿を見てもらえば、少しは怖くなくなるかもしれない。みんなに勇気があげられるかもしれない。そう思って始めたの。なんて、自惚れすぎかな」


 白星さんは少し恥ずかしそうにはにかみながら言った。


「そんなことはない、すごく立派だと思う」


 だけど俺にはすごく眩しく感じた。

 身バレの危険性とかお金とかばかり考えてる俺なんかと違って、誰かのために頑張っているのだから。


「神凪くんは?どうして探索者をしてるの?」


「俺は……お金のため。両親が探索者だったんだけど2人とも5年前に死んじゃったんだ。だからお金稼ぎのために探索者を始めたんだ」


「そう、だったんだ……ごめん」


 白星さんは申し訳なさそうに俯く、気を使わせてしまっただろうか。


「謝らないで良いよ。もう気にしてないし、この生活にもすっかり慣れちゃったからな」


「……寂しかったり、怖かったりしないの?」


 こちらの表情を窺うようにしながら白星さんはそう言った。


「今は、怖くはないよ。もうここも5年以上来ているから」


 本当に慣れたものだ。

 今だって俺たちはダンジョンの中を2人で並んで歩きながら話している、ただ──


「寂しくないって言ったら、嘘になるかな」


 ずっと1人で過ごすのは、心にくるものがある。

 最初聞いた時は実感がわからなかったけれど、それから数日経っても両親が帰って来ることはなくて、しばらく泣き続けた。

 多分俺は、その時に初めて理解したのだ。

 死んだ人は二度と帰ってこない、と。


 もう今では家族で過ごした日々をあまり思い出せない、ただ楽しかったのはわかる。

 それに時折不意に襲われるのだ、わけもわからない暗い感情に。


「良いものではない、絶対に」


 当たり前のことだけれど、どんな人であっても命を落とすことはあってはいけない。

 それだけははっきりと言える。


「そうは言っても、こうなったからにはどうしようもないんだけど」


 ただ一人きりの生活にはもう慣れてしまった、そこにはある種の諦めのようなものも混じっているのだろう。

 少なくとももう両親を失ってしまった以上、俺にはどうすることもできない。


「当たり前だよね……ごめん、こんなこと聞いちゃって」


「だから気にしないでって!あっそうだ、白星さんはこの前もここに来てたってことはEランクなの?」


 どうにも雰囲気が暗くなってしまったので、俺は無理やり話題を変える。


「うん、そうだよ。普段はPランクやIランクのダンジョンにいるんだけど、前は初めてEランクに挑戦したの。結果は……あはは」


 今の測定システムの不便なところだろう。

 測るのはその人の到達できる限界であり、現在の強さではない。

 俺もそうだが、その時の結果が今の実力と結びついているわけではないのだ。


「私はまだPランクレベル、ってことかな」


「それでも十分じゃないのか?」


「配信者のイベントにはダンジョン攻略を競うものもあるの。昔はそんなに興味なかったんだけどね、最近は応援してくれるファンのためにも、みんなにもっと良いところを見せたいなって思うの」


「白星さんはすごいな」


「そんなことないよ。でもこんな私を応援してくれるんだから、それに応えたい。私のことが好きだって、恥ずかしがらずに自信を持って言える、そんな配信者になりたいの」


 そうやって笑う白星さんはなんと言えば良いのだろう、すごく輝いて見えた。

 それと同時に遠い世界の人間のようにも思えた。

 お金や保身のために始めようかと考えていた俺とは違う、常に人のことを考えている。


 配信者はみんなこうなのだろうか、実際にはどうかわからないが、一つわかったことがある。


「そりゃ人気も出るよな」


「なにか言った?」


「いや、なんでも」


 こんなにも真っ直ぐで優しい白星さんなら、人気が出るのも当然である。

 彼女の言葉を聞いていると、心の底から応援したくなる。

 きっと、既に俺も彼女に惹かれたファンの一人になってしまったのだろう。


 少なくとも俺はこんな配信者にはなれない。


「やっぱ配信者は向いてないかもな」


「ええ⁉︎なんで、神凪くんなら絶対人気出るよ!」


「俺には白星さんみたいな立派な目標なんてないよ」


「私はそんな立派じゃないし、なくても大丈夫だよ!やってみればきっと」


「おい」


 突然知らない男の声がした。

 そちらを見ると、チャラチャラした雰囲気の5人組の男がこちらに向かってくる。


「こんなところでデートか?気にくわねぇな」

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