第4話 事務所へ
「どこに向かえばいいんだ?」
「えっとね、こっちだよ」
放課後、俺たちは周りに怪しまれないように別々に教室を出たあと、学校の少し外で落ち合う。
白星さんは自分が配信者であることは隠しているため、迎えの車も高校近くのコンビニに来ているらしい。
「あのね、最初に言っておくんだけど。驚かないでね?」
「えっと、なにが?」
「私のマネージャー。少し変な人だから」
「変な人って失礼ね」
「うわっ」
2人で話しながらコンビニに向かっていると、突然違う声が背後から聞こえてきた。
振り返るとそこにはパンツスタイルのスーツに身を包んだ、如何にも『デキる人』と言った感じの女性が立っていた。
「貴方が神凪悠真くんね、昨日は由那を助けてくれてありがとう」
「そんな、たまたまその場に居合わせただけで」
「申し遅れたわね、私は由那のマネージャーの
「神凪悠真です、こちらこそよろしくお願いします」
丁寧な態度で右手を差し出され、俺もお辞儀をしながら握手を返す。
なんだ、すごく普通でしっかりした人じゃないか。
そう思ったのも束の間、俺は親指に違和感を感じて顔を上げる。
「な、何してるんですか⁉︎」
よく見ると歩夢さんは俺の親指を朱肉に押し付けたかと思うと、今度はそこに謎の紙を近づけている。
「マネージャー、やめてください!」
危うく紙に触れかけたところを白星さんが止めてくれた。
「あはは、冗談よ。これ、オモチャの契約書だから」
その紙はよく見ると鉛筆でデカデカと『契約書』と書かれている。
わざわざ手作りで用意したのだろうか、無駄にクオリティが高い。
「ごめんね神凪くん、いきなりこんな感じで」
「あ、いや、驚きはしたけど大丈夫……」
大丈夫、俺の中で間違いなく変人だと認定したこと以外は。
「しょうがないわね、とりあえず車に乗ってちょうだい。事務所に向かうわ」
挨拶代わりの奇行に出た歩夢さんは、コンビニの駐車場に止めてあった車の運転席に乗り込む。
俺と白星さんが後部座席に乗ると、車は事務所へと出発した。
「凄いわね、悠真くん。貴方、一躍時の人よ」
「そうみたいですね、俺も驚いてます」
自分のスマホでも確認してみたが、やはり謎の男の正体が噂になっている。
昨日のカメラは基本的に白星さんを映しているため、配信に乗っているのは俺が戦うシーンくらいであり、顔は映っていない。
だからこそ様々な憶測が飛び交い、余計に話題になっているのだろう。
「噂にも尾ひれがたくさんついてるわよ、貴方のことをDランクだって言う人もいるくらいね」
「あ、マネージャー。それ本当です」
「は?」
歩夢さんは急ブレーキをかけ、こちらを振り返る。
「悠真くん、本当にDランクなの?」
「一応は、測ったの2年前ですけど」
「こうしちゃいられないわ、すぐ行くわよ!」
それを聞いた歩夢さんは、とんでもないスピードを出し始める。
俺は後部座席で殺されるのではないかと怯えつつ、事務所へと連れて行かれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「2人とも、ここで待ってて!」
事務所に着いた俺は白星さんと共に小さな会議室に通された。
「なんでいうか、すごい人だ」
「でしょ、いきなりごめんね」
「まあでも慣れてきたかも」
「ホントに?もう?」
部屋に残された俺と白星さんは互いに顔を見合わせて笑う。
「にしても、本当に白星さんがユナなんだな」
「あ、それってどういう意味?」
「ごめん、悪い意味じゃなくて、案外こんなに近くにいても気が付かないんだなって」
「髪と服が違えばバレないもんなんだよね。同じクラスにいるはずないって先入観があるのかも」
「そうよ、だから悠真くんが配信者になってもそうそうバレる心配はないわ」
「うわぁ!」
またも突然現れた歩夢さんに驚かされる。
なんというか、色々と心臓に悪い人だ。
「ところでそれは?」
俺は歩夢さんが持ってきた機械を指差して尋ねる。
「これはランクの測定器よ。手を出して」
ランクの測り方は至って単純、体内の魔力を調べるだけ。
ダンジョンに巣食うモンスターは人より圧倒的に強い、普通の人間の筋力差などモンスターにとっては誤差でしかない。
強化魔法で戦うにしろ、属性魔法で戦うにしろ、或いはそれ以外の方法であっても。
ともかく人間がモンスターと戦うためには魔法が不可欠、そのため魔法の能力がそのままその人の能力とも言える。
この機械ではその人の魔法の潜在能力を測ることにより、最終的に到達できるであろうランクを教えてくれるのだ。
通常計測にはそれなりの時間を要するのだが。
「もう結果が出た?」
前と同じだ、俺の場合は測定がすぐに終わる。
「マネージャー、どうでしたか?」
「……Dランクよ、信じられないけど」
以前の測定と同じ結果、どうやら間違いはなかったらしい。
「悠真くん、少し良いかしら」
歩夢さんは俺の顔を見ながら言う、その表情はこれまでと違って真剣そのものだった。
「今世間は貴方のことで大騒ぎよ、けどこれは大したことじゃない」
「そうなんですか?」
「本来は既に異常よ。でもね、もし貴方がDランクということが世間に知れたら、騒ぎはこの100倍に達するわ」
「100倍⁉︎」
「決して大袈裟に言っているわけじゃない。それくらいこれは前代未聞のことなの」
歩夢さんは責めるような口調ではなく、むしろ優しく諭すようにそう言ってくれた。
だからこそ改めてコレがどんなに大変なことかがよくわかる。
「だからこそ言わせてもらうわ。神凪悠真くん、ウチから配信者としてデビューしない?」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは違い、至って真面目な顔で歩夢さんは言う。
「今話したように悠真くんに関する騒ぎはすごい。だけどウチからデビューしてくれれば、事務所として守ることができる」
「守る、ですか?」
「これでもウチは大きい事務所よ。悠真くんに対して何かあれば……例えば特定や誹謗中傷に対してすぐに法的措置をとることができるわ」
まだ自分に直接的な被害が出ていないからだろうか、そう言われてもあまりピンと来ない。
「まあでも私は無理に配信者をさせるつもりはないの、だから今からメリットを教えてあげるわ」
すると歩夢さんは先ほどまでと違って笑顔を浮かべ、人差し指を立てながら言った。
「まずメリットその1。この可愛い可愛い由那と仲良くなれる」
「マネージャー!」
間髪をいれず白星さんが抗議する。
確かに学校のアイドルであれる白星さんと仲良くなれるのはメリットになるだろうが、そこでハイやりますなんて言ったら下心で動いているとしか思われない。
それだけで首肯することはできない。
「ごめんごめん。メリットその2はね、身バレを防げる」
「えっと、どういうことですか?」
俺は意味がわからなかった、配信者なんて始めた日には余計に身バレの危険性が増えそうなものなのだが。
「正直今まで一度も噂にならなかったのは運がいいとしかいえないわ。もしこの先似たようなことがあるたび、世間は貴方を探し出そうとする。こうやってね」
そう言って歩夢さんが見せてくれたのは、Vinterでのいわゆる『特定班』という人たちの活動。
配信に映ったわずかな映像をコマ送りにしたり切り取ったりして、そこから俺の情報を割り出そうとしている。
なんでも既に格好が軽装なことから、あのダンジョンの近くに住んでいるのではないかと推測されているらしい。
確かにその通りだ、どうやら俺はこの人たちを甘く見過ぎていたようだ。
「いつかはバレる、ということですか?」
「今みたいにダンジョン探索をしてたらね。そして貴方を見つけたら、悪い大人もたくさん集まってくる。それどころか国も動くでしょうね」
「今のままじゃ危ないのはわかりました。しかしそれと配信者をすることの関連性は?」
「貴方が配信者になれば、少なくとも今より特定の動きは弱まるわ。だってその人物が自分から現れるんだもの」
俺はそこでようやく意味を理解した。
俺の存在がバレる前に、配信者としての俺をみんなに見せるのだ。
そうすれば注目は配信者としての俺に集まり、白星さんのように、日常生活には影響を及さずに済むかもしれない。
「既に知っている通り変装と偽名を使えば簡単にはバレないし、事務所としてもサポートができるようになるわ」
「なるほど、それは確かにメリットですね」
「でしょう?そして3つ目は、お金が稼げる!」
俺はその言葉に思わず反応してしまった。
それを察した歩夢さんはニヤリと笑い、少し顔を近づけてくる。
「悠真くん、探索者協会に登録してなくて困ってるでしょ」
「ゔっ、なんでそれを」
歩夢さんの言う通りだ。
登録に時間がかかるため高校に通っているとその暇がない、という理由で俺はフリーの探索者として活動をしている。
普段の活動に支障はないのだが、登録していないことによる大きなデメリットが一つ。
それは素材を売ることができない、ということ。
協会に所属していると魔物の素材を直接買い取ってくれるのだが、資格のない俺にはそれは不可能。
なので今まで探索者を見つけて売っていたのだが、色々と不便も多かった。
「ウチに来てくれたら一旦事務所で素材を買い取って、代わりに売ってあげるわよ。それに配信でもお金が入る。これくらいの稼ぎなんて夢じゃないわ」
そう言って歩夢さんが電卓で弾き出した数字を見て、俺は言葉を失う。
そこには見たことがないほど0が並んでいたい。
この上ない魅力的な提案だった。
だって俺はずっと将来のことについて考えていた、探索者として生きていくことはできない、だから勉強しなければいけないと。
だがもしもこれだけで生きていけるのだとしたら、変に悩むことなく探索者・配信者としての活動に専念できるのだ。
今抱えている不安が全てなくなる。
ただそれでも、すぐに配信者になるという決断はできなかった。
「少し時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん。これは悠真くんにとって大切なことだもの。すぐに決めろ、なんて言えないわ」
「ありがとうございます」
ありがたいことに、歩夢さんは俺の申し入れを簡単に聞き入れてくれた。
結局配信者デビューに関しては後日答えを出す、ということになり、俺は事務所を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「来てくれると良いわね、悠真くん」
「なんで私を見ながら言うんですか」
「え?だって由那、悠真くんのこと好きでしょ?」
「なっ!そ、そんなこと私言いましたか⁉︎」
「言わなくてもわかるわよ。昨日の話をしてる時からずっと興奮してるし、さっきだってチラチラ」
「わー!わー!もう良いです!」
「気持ちはわかるわ、王子様みたいだったものね。でも今は一時の気の迷いかもしれない、だからこれから一緒に過ごしていく中でしっかりと自分の気持ちに向き合って、それから答えを出しなさい」
「……はい、ありがとうございます」
「うふふ、青春っていいわねぇ。楽しくなってきたわ!」
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