第7話 初配信

「うん、これでよし!」


 俺がサインした契約書を見ながら、歩夢さんは満足そうに頷いた。


「それじゃあ今日から悠真くんはウチの配信者ね、これからよろしく!」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺は歩夢さんと固く握手を交わす。

 今日から配信者としての生活が幕を開けるのだ。

 

「ところでどんなことしたいとかはある?」


「はい、あります」


 そして俺は歩夢さんに話した、俺が目指す配信者像を。

 歩夢さんは一度も笑うことなく真剣にそれを聞いた後、少し考え込んでから言った。


「なるほど、となるとメインは攻略系ね。モンスターとの戦い方や、ダンジョン探索でのポイントを教える配信を中心にすれば良いと思うわ」


「できますかね?あんま意識したことはなくて、全部我流なんですけど」


「大丈夫よ、5年も1人でやってきたんでしょ?その経験を活かせばね!」


 ウインクしながらそう答える。


「ところで歩夢さんが俺のマネージャーになるんですか?」


「もちろん。せっかく見つけた逸材、他の人に渡さないわよ」


 あくどい笑みを浮かべながら言う。

 ただこんな感じでも頼りになることは間違いないだろう。


「あとは積極的にコラボをするのも良いかも知れないわ」


「コラボ、ですか?」


「ええ。悠真くんがコラボ相手に講義形式で色々教えるの、そうしたら視聴者にもわかりやすく伝えられるんじゃないかしら」


「なるほど」


 さすがはプロというべきか、俺の漠然とした方向性をどうすれば形にできるかすぐに考えていく。

 変なところはあるけど、きっとすごい人なのだろう。


「せっかくだし、最初の10回は全部由那とのコラボにしちゃいましょ」


「えっ?」


「マネージャー!」


「冗談よ」


 由那の反応を見ながら歩夢さんは楽しそうに笑う。

 この2人の付き合いがどれほどのものかはわからないが、相当仲がいいのは前から見て感じ取れる。


「そうね、でも初回は由那とのコラボから始めてもいいかも」


「そうなんですか?」


「普通は異例だけど、貴方の場合既に色々と、ね」


 言いたいことはなんとなくわかった。

 元々俺は由那の配信で話題になったのだ、ならそれを利用しようというわけか。


「由那の配信に悠真くんが突然登場!そのあとリレー形式で初配信!この流れなら話題も掻っ攫うわよ」


 歩夢さんは椅子から立ち上がり、ガッツポーズを作りながら言った。

 その勢いに乗せられて俺もだんだんできそうな気がしてくる。

 ただ一つ問題があった。


「あの、俺とユナがコラボしても大丈夫なのですか?」


「どういうこと?」


「色々調べたんですけど、視聴者の中には異性とのコラボを嫌う人もいるとか……」


 実際にやるなら知っておいた方がいいと思い、配信者に対して軽く調べて来た。

 するとその中には『ガチ恋勢』などと呼ばれる、配信者が実際に好きでその人が他の異性と絡んでいるのを嫌がる人もいるらしい。


「そうね、確かにいるかも。でも大丈夫、貴方の実力で黙らせなさい」


「俺の?」


「強すぎるところを見せたらそういうファンも諦めるわよ、コイツには勝てないって」


 そんなんでいいのか。 

 と思っていると内心を見透かされたのか、歩夢さんは優しく笑いながら言った。


「それにウチは配信者を大事にする方針なの。一番大事なのはファンが何を望むかじゃなく、配信者が何をしたいか、よ。由那は悠真くんと一緒に配信したいでしょ?」


「え⁉︎」


「あら、嫌だった?」


「そ、そんなことない!そりゃ私はやりたいけど、悠真くんの気持ちもあるというか……」


「ほら、由那もすごくやりたいって言ってるわ。だから心配しないで、そういうのはマネージャーの私に任せなさい」


 歩夢さんは胸をドン、と叩きながら言った。

 その様子はとても頼もしく見える。


「よし、じゃあ流れも決まったことだし、初配信は明日にしましょう」


「明日⁉︎」


「ええ、善は急げよ。由那、Vinterで明日の配信の告知をしといて」


「わかりました」


 由那は少し苦笑いしながらも言われた通りにしている。

 おそらく前からこういう強引なところがあり、何度もそれに付き合って来たのだろう。


 こうして俺は明日、土曜日の昼から配信者のデビューを飾ることが決まった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「みんなこんにちは、ユナです!今日は前回のリベンジマッチということで、またこの『龍の巣窟』に来ています!」


 当日、ユナの配信が始まった。

 ここではまだ何も話していない、リスナーは本当にリベンジに来たと思っているだろう。

 配信の映らない場所で俺と歩夢さんは待機している。

 歩夢さんまでここに来るのは危ないのではないかと思ったが、『悠真くん強いんでしょ?なら平気よ!』と押し切られてしまった。


「歩夢さん、この格好変じゃないですか?」


「そんなことないわ、似合ってるわよ」


 出番を待つ俺の格好はいつもと全然違う。

 頭には赤い短髪のウィッグをつけ、白のシャツに紺のネクタイとズボン。

 その上から灰色のロングコートを羽織っている。

 これらはさっき手渡されたものだ。


 歩夢さん曰く『剣を使うから騎士を意識したコスチュームにしたわよ』とのこと。

 確かにこれなら身バレ防止にはなるかもしれないが、コスプレをしているような気がして恥ずかしくもなる。


「このベルトとかよくわからない装飾は?」


「雰囲気出るでしょ!」


 ハッキリ言ってピンと来ないのだが、歩夢さんが良いというなら気にしないでおこう。

 この人はプロ、この辺りは信頼できる……はずなのだ。


「あ、出番よ!いってらっしゃい」


 そう言って歩夢さんに背中を押される。

 ヤバい、緊張して来た、でもやるしかない。

 オレは喉をごくりと鳴らし、手の中に剣を構えて走り出す。


「嘘、グローツラングが2体⁉︎」


 運が良いのか悪いのか、ユナはあの時と同じモンスター二体と遭遇している。

 ヤラセと思われそうな展開だが、こうなったらとことんやるしかない。


「どうにか距離をとって……って、え?」


 俺は事前の打ち合わせ通り配信に乱入すると、グローツラングの首を順番に刎ねる。

 そしてカメラに向かって軽くポーズを決めて言った。


「みんな初めまして!今日から配信者としてデビューしたニルです、よろしくお願いします!」


「へへ、みんなビックリした?実は今日はウチからデビューしたニルくんの初配信です!気付いた人もいるかもだけど、前に私の配信で助けてくれた人だよ!」


 ユナはここまでの経緯を説明している、すごく喋り慣れているな。

 その間に俺は慣れないながらも事前に作ったチャンネルから、配信の準備をしていた。


「あ、できたかな?それでは今日はこのままニルくんの初配信を始めます、みんな見に行ってね!」


 カメラに向かって満面の笑みを浮かべながら手を振り、ユナの配信が終了する。

 それに合わせて俺が配信を始める、すると一瞬で人が集まってくる。


「うわっ、もう3万⁉︎こんなに来たの⁉︎」


 俺は思わず声に出して驚いてしまった。

 だが仕方がないだろう、初めてでいきなり3万人に見られるとは思わないのだから。

 ついでにこの格好もそれだけの人に見られてると思うと、少し逃げ出したくなる。


「改めて初めまして、ニルです!今日は初配信に来てくれてありがとう……ってまた増えてる⁉︎」


 いつの間にか同時接続は5万人を突破した。

 その勢いはなおも止まるところを知らず、増加の一方を辿っている。


「す、すごい……」


「まだまだ、これからもっと増えるわよ」


 緊張するが仕方ない、練習通り喋ろう。


「ギャァァァッッ!!」


 そう思っているとまた声がした、動いていないのにこんなに遭うなんて、どうやら今日はモンスターの動きが活発らしい。


「そうだな、挨拶がわりに倒すか!」


 これから戦闘を中心に配信していくことになるのだ、ある意味実践する方がわかりやすいかもしれない。


「これからはモンスターを倒したりダンジョンを探索したりする配信をメインにしようかな思ってるんだけど、早速やりまーす!」


 カメラに向かってそう宣言してから、俺は背後から迫り来るモンスター、クエレブレと正対する。


「せっかくの初配信だし、ちょっと本気出すか!」


 歩夢さんは初配信のインパクトは大切だと言っていた。

 とはいえ俺は特段喋りに自信があるわけでもルックスがいいわけでもない、となるとできるのはこれだけだ。


「クエレブレの鱗は弾丸を弾くほど硬い、だから戦う時は魔法中心の方がいいぞ!」


 リスナーに向けてアドバイスしつつ、俺は一振りの剣を創造する。


いちの秘剣・聖剣エクスカリバー」


 普通の剣よりずっと大きく華美な見た目をしたそれは、秘剣の一つであるエクスカリバー。

 この剣が持つ特殊能力は至ってシンプル、圧倒的な破壊力と身体能力の向上。


 この剣自体が持つ切れ味と身体強化の効果が合わさることにより、普通の剣の10倍以上の破壊力を発揮する。


「ハァッ!」


 まだクエレブレとの距離はあるが、俺は両手で持ったエクスカリバーをまっすぐに振り下ろす。

 すると目の前の地面が裂けていき、そのままクエレブレの体も両断してしまった。


「こんな感じの配信をこれからやっていこうと思うからよろしく!」


 あまり喋ってはいないが、戦闘メインでやっていくことを考えると中々いい配信になったのではないか。

 この後俺は少し話をしてから初配信を終え、晴れて配信者としてデビューしたのであった。

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