坂道の向こう
白鷺雨月
坂道の向こう
大阪府岸和田市に浜工業公園というところがある。海沿いの地蔵浜町にあり、テニスコートや野球のグラウンドもあり、いわゆる市民の憩いの場となっていた。
今から約三十年前の話だ。小学生五年の僕は、ついに念願の大人が乗るサイズの自転車を買ってもらった。自転車を手に入れた僕の世界は如実に広がった。図書館に行けるし、中央公園にも行ける、東岸和田のサティにだって行けた。校区外に行くのは校則で禁止されていたが、そんなことはお構い無しだった。
自転車を買ってもらった僕はあることにはまった。それは地蔵浜町にある浜工業公園の松林を自転車で走り抜けることであった。
その松林には一本の道が走っていて、かなりアップダウンの激しい道であった。距離的に五キロほどはあると思われた。
その道を買ったばかりの自転車で全力疾走するのだ。その爽快感とスリルに僕は完全に虜になった。クラスの数名がはまった遊びでもある。クラスメイトと一緒に自転車で走ったこともあるし、一人でも走ったことがある。
どれだけブレーキを使わずに駆け抜けるかが、この遊びのポイントだ。
夏休みのある日、僕は一人で浜工業公園の松林にでかけた。いつものように松林の一本道を全力疾走する。それはジェットコースターにも似たスリルを味わえる。
僕は夢中になり、自転車のペダルをこぐ。
ブレーキをかけずにどこまで行けるか。
クラスメイトには最後までいった猛者がいる。僕もそれに挑戦していた。
だけど僕はブレーキをかけざるおえなかった。
松林には基本的には人はあまりいない。だから僕たちはここで自転車を全力でこぐことができたのだ。しかし、その日、そこに人がいた。
僕は急ブレーキをかけたため、転がりそうになった。
いったいこんなところにいるのは誰だろうか。知らない人だったら怖いので逃げようと思った。
「こんににちは、S君やね」
その人はそう言った。
僕はその人の顔を見た。
その男の人はF君のお父さんだった。たしか岸和田市の市会議員をしていた。
「こ、こんにちは」
僕は思わず挨拶した。
「もう日落ちてるからな。はよ帰らなあかんで」
F君のお父さんは言った。
「はーい」
僕はそう言い、その場を去り、自宅に帰った。
それから数日が過ぎた。
新聞にとある記事が載った。それは小さな記事だった。岸和田市の市会議員のF氏が自殺したというものだ。記事に書かれた日付を見るとあの松林で出会った日だった。
坂道の向こう 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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