第34話 プリンセスの品格
葵が一歩ずつ歩く様を、みんな固唾を飲んで見守っている。
贅沢なフリルがふんだんにあしらわれた水色のドレスを身にまとった葵は、派手ではない程度に上品にメイクをしており、髪の毛もヘアアイロンでゆるくウェーブをかけており、それが一層エレガントさを醸し出している。
———これが本当のプリンセス
葵の姿をみた僕は、思わずそう思ってしまった。
僕たちのドレスは所詮コスプレの域をでないが、葵のドレス姿は童話の世界から抜け出してきたかのような、まさに本物のプリンセスだった。
そう思ったのは僕だけではないようで、葵をクラスのみんなが羨望と光悦のまなざしで見つめている。
「どうしたの?ほら、もうすぐ始まっちゃうから準備しないと」
いつもと同じリーダーシップを発揮する葵の言葉で、呆気にとられていたクラスのみんなは再び準備を始めた。
僕は机にテーブルクロスを敷きながらも、葵のことが気になってしまい横目で何度も葵を見た。
―——僕の彼女って、こんなにきれいなんだ。
スカートを履いて女子高に通っている普通ではない男子高校生だが、葵と恋愛関係を結べていることに幸せを感じる。
つい何度も葵の方を見てしまい、葵と目が合った。
何か言われるかと思ったら、葵はにっこりと微笑むだけだった。
いつも通り何でもないようにふるまっている葵だが、作業しながらも鼻歌交じりなところをみると、葵も綺麗なドレスを着てご機嫌のようだ。
準備が終えたところで、文化祭実行委員長が最終確認を始めた。
「プリンセス役の人は、あっちから上園さん、下野さん、……」
各テーブルにプリンセスに扮した生徒が一人ずつ付くことになっている。
ドリンクを購入したお客さんが、それぞれ希望のテーブルについてプリンセス役の女子生徒とおしゃべりしたり、記念撮影したりするシステムとなっている。
「誰が一番指名が多いか競争ね」
「そんなの、葵が勝つにきまってるじゃない」
「まあ、やってみないと分からないじゃない?」
となりのテーブルに座っている葵が意味深な笑みを浮かべている。
◇ ◇ ◇
9時をまわり文化祭が始まると、うちの学校の生徒以外にも他校の生徒や保護者など様々な人たちが思い思いに各教室の模擬店を見て回り、校舎内は賑やかなお祭りムードが漂い始めた。
僕たちのクラスのカフェは好調で、開始早々から行列ができ始めた。
一番人気はやっぱりというか当然というか葵だった。男子からはもちろん、女子にも人気でひっきりなしに写真撮影を頼まれている。
一方、僕も予想外に人気を集めていた。
「本当に男なんですね?」
「私よりかわいい。男子に見えない」
女子高に転校して半年以上が経ち女装スキルも向上して、街中で男とバレることはほぼいのに、 他校の生徒と思われるお客さんが、なぜか最初から僕が男であることを気づいていた。
「なんで、私が男って気づいた?」
不思議に思った僕は、記念撮影をもとめてきた他校の女子高生に聞いてみた。
「SNSに書いてあったよ、ほら」
女子高生がみせてくれたスマホには、「男の娘、プリンセス爆誕」と銘打って僕の写真が載せてあった。しかも、この学校の公式アカウントだ。
こんなことできるのは、葵しかいない。
いつの間にか僕の写真をSNS上にアップしていたようだ。
◇ ◇ ◇
午前の部を終えた僕らは午後の部の生徒と交代して制服に着替えた後、他のクラスの模擬店を見て回ることにした。
隣を歩く葵は、まだ夢心地の表情のままだ。
「夢のような時間だったね」
「うん。そうだけど、葵、SNSに私のこと勝手にアップしたでしょ」
「まあ、いいじゃない。おかげでお客さんいっぱいきたし、学校もLGBTに理解があるところアピールできたし」
「ひょっとして、バイト先でのベニーズでいわれたSNSでバズってるって、それも?」
「そうよ。お店の宣伝にもなったし、夕貴も『いいね』がいっぱいついて嬉しかったでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
当然のことをやったまでと言わんばかりの葵の表情に、僕はそれ以上の追及はできずに黙るしかなかった。
「次はどのクラスに行こうか?」
「そうだね。体育館での軽音部のライブも面白そう」
文化祭のパンフレットを見ながら次に行くところを葵と相談していると、突然僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、夕貴」
「中野さん、着てたんだ」
前の学校、バイト先と二度も僕に告白をしてくれた中野沙織がにこやかな笑顔で挨拶してくれた。
隣には今付き合っている葵がいて、僕は正直気まずい。
「へぇ~、この子が夕貴の彼女?かわいいじゃん」
「初めまして、上園葵です。夕貴がバイト先でお世話になっています」
保護者のような言いっぷりに、葵のプライドが垣間見えた。
二人を見ていられない僕は、沙織の連れの女の子に視線を移した。
確かに沙織と同じ制服を着ているが、なんとなく違和感があった。そんなに今日は寒くないのにニーハイソックスを履いているし、過剰なまでの内また。
沙織の陰に隠れようと縮こまっている様子をみて、僕は察した。
「違ったら申し訳ないけど、男の子?」
沙織の連れの子は、返事の代わりに恥ずかしそうに首を縦に振った。
「あ、この子。私の今の彼氏で、中原雄太って言うの。女装させたら似合ってたから、今日はじめて女装外出デビューで文化祭にきてみたの。かわいいでしょ」
好きな人がいるからと沙織の告白を断ってから、ちょっと心配していたが新しい彼氏ができて良かったけど、なんで彼氏を女装させてるの?
「私たちこれから3年のクラスがやっているラテアートのお店行くけど、中野さん、良かったら一緒にどう?」
意外な葵の申し出に、沙織が目を丸くして驚いている。
「まあ、いいけど」
「よかった、ちょっとゆっくり話したかったんだ」
申し出を断るのも癪だと思ったのか、沙織は葵の申し出を受けた。葵の考えはわからないが、気まずい時間帯が続くのが確定した僕はぐったりとうなだれた。
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